今すぐぎゅっと、だきしめて。
「イターッ! なにすんのよぉ!」
「そんなに口開けてっと、虫が入るぞ」
振り返ると、そこには呆れたような顔の大樹がいた。
叩かれた所をさすりながら、唇と尖らせたあたしを見て、大樹は「大袈裟~」とにゃははと笑う。
「……」
無邪気に笑うその笑顔を見て、さっきの奈々子の言葉が頭を掠めた。
“いい加減応えてあげて”
急に真顔になったあたしを不思議そうに眺めると、大樹はあたり前のように鞄を持ち上げた。
それでようやく我に返り、あたしはさっさと先に行ってしまった大樹の背中を追いかけた。
「ちょ……大樹ッ 鞄…」
「置いてくぞぉ。 ホラ、奈々子も急げ」
大樹は視線だけこちらにむけて同じように固まっていた奈々子にも声をかけた。
そしてそのまま、他の生徒が消えていった出入り口に向かって行ってしまった。
スマートすぎるよ、大樹……
そんなふうにされたら…あたし、どうしたらいいかわからない。
「……」
なんだか無性に悔しくなって、あたしはその背中を見つめた。
「ユイ……」
いつの間にかあたしの隣りにいて、肩を並べた奈々子は前を見つめたまま言った。
「大樹はさ……ユイだけなんだよ。 昔からユイだけを見てた。 他の誰も見てない」
「……奈々子」
「だから…だからさ、大樹を……悲しませないでやってね?」
そう言った奈々子の表情は、ここからはわからなかった。
だけど、その言葉で
あたしが、泣きそうになってしまった。