強引上司と過保護な社内恋愛!?
「…これが」

一目見るなり心を奪われた。

交響曲第6番ロ短調「悲愴」

重苦しい低音の序奏が頭の中で流れる。

薄茶く変色した譜面にはきっちりと音符が書き込まれていて、彼の几帳面な性格を伺わせる。

所々黒く塗り潰された箇所があって、頭の中で創作しながら音符を書き込んでいった事が、譜面を通して時を超えリアルに伝わってくる。

「肇くんは、くるみ割り人形が好きなんだよね」

「と、いうか花のワルツが」

優雅で華やかなワルツのメロディーが先生を連想させるから。

途中の少しメランコリックな感じも物思いに耽る先生を思わせて抒情的だ。

…なんて言えないけどね。

「へえ、意外とメルヘンチックだね」

子ども、だと馬鹿にされたようで思わず顔がカッと熱くなる。

そんな俺の羞恥を見抜いたかのように先生はクスクス笑う。

「か、帰ります」

いてもたってもいられなくなり、立ち上がろうとすると手を掴まれる。

ほっそりした華奢な手の感触に俺は驚いて振り返った。

「可愛い」

先生は俺の頬に手を添えて、艶っぽい笑みを浮かべる。

今迄見たことのない女の表情に俺はギクリと固まった。
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