without you
私は顔に精一杯、穏やかな笑みを浮かべると、ほんの少しだけ、久遠社長に近寄った。
そして、社長の方へ両手を伸ばして・・・赤い蝶ネクタイを、静かに持った。

これを直す必要はない。
でも、今の久遠社長は、落ち着きを取り戻すことが必要だ。

「もっと鷹揚に構えてください。たとえ自信がなくても、自信があるように見せるのは、社長、得意でしょう?」
「ああ・・」
「はい、できました」と私は言うと、両袖のシワを伸ばすように、社長の二の腕あたりを軽く上下にさすった。

ここにもシワはないんだけど・・・少しでも時間稼ぎになればいいと思って。

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