without you
車を降りて、この家に来るとき、社長がこのボストンバッグを持ってくれた。

『いいです。自分で持てます』
『俺を信頼してるなら、おまえが信頼してるバッグを俺に持たせろ』
『あ・・・じゃあ。でもこれ、重たいですよ』
『おまえが持ててんなら俺にだって持てる!』

確かに、社長はごく普通に持っていたけど、持った瞬間、「重い」って言ったんだよね・・・。

『何入ってんだよこれ。トレーニングウェアじゃねえのか?』
『それも入ってますけど、他にも、逃亡中、あると助かるものがいろいろと・・』
『まさかおまえ・・・いつもこれを持ち歩いてたのか』
『だって。いつ逃げなきゃいけなくなるか、分からないでしょう』
『ったくおまえは・・・もう逃げなくていいから。逃げんなよ、あみか』

あの時のやりとりを、ふと思い出した私の顔に、少しだけ笑みが浮かんだ。

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