without you
「あいつとは料理で知り合いました。私がお料理教室の先生、あいつは生徒で」
「男の生徒もいたのか」
「全体の1割程度、かな。男の人可というお料理教室って、ありそうで、あまりなかったからだと思います。もちろん、私はマンツーマンで教えることはしなかったし、女性に対してもですけど。とにかく、男性だからという理由で、えこひいきしたり特別扱いするなんてこともしませんでした。とにかく、それが縁で、あっちのレッスンが全て終了した日に、つき合ってほしいと言われて。何度か一緒にいるうちに、私もあいつのこと、嫌いじゃなかったから・・・。でもそのうち、あいつが私の仕事に色々言うようになったんです。あいつは会社勤めのいわゆるサラリーマンで、普段、土日と祝日が休みなのに対して、私の場合は、土日や祝日って、基本仕事だったから。私が男の人に料理を教えていること以上に、それが理由でなかなか会えない、会ってもゆっくり過ごせないことが、嫌だったみたいです。“結婚したら仕事辞めてくれ”とか言うようになって。私は料理が好きでこの道に入った。好きな事をやってるうちに、スタジオを借りて、料理教室を開くまでのキャリアを築くことができた。すごく好きだったんですよ、そのスタイルが。なのに私にはアッサリそれを辞めろというあいつの言い分が、俺の言うとおりにしろと命令されてる気がして。少しずつ距離が出てきたんです。少なくとも私の方には。あいつに対して」
「だろーなあ。俺ならまず、おまえと会えるそのときを、どれだけ俺が満足して、どれだけおまえを満足させるかを優先して考えるが。ま、そういう考え方はさすが“あいつ”だな」と言った久遠社長は、フンと鼻で笑った。

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