グッドバイ
 

右から左へと流れていく雲。オレンジの光は徐々に西へと沈み、やがて闇へと散っていく。
美里は、ブラックコーヒーを一口飲んだ。右手に置いたビジネスバッグからスマホを取り出すも、何もせずテーブルに置く。
冷房の効いた店内。会社帰りの人々が、トレイを片手に席を探す。美里は、窓際のカウンター席に一人で座っていた。
「美里さん?」
声が聞こえて、美里は振り向いた。
「そう」
美里は、無愛想かとも思えるほどの抑揚のない声で、答えた。
「よかった。別の人に声を掛けたのかと思った」
男はそう言って笑うと、美里の隣に座った。トレイの上にはオレンジジュース。
「俺、コーヒーが苦手で」
男はそう言って、冷えたジュースを手に取った。
Tシャツにジーンズという、ありふれた格好。年は二十代半ばか、それより下か。どことなく、あどけなさが残る。
「美里さん、会社帰り?」
「うん」
「俺もスーツを着てくればよかったな」
男は自分の白いシャツを引っ張って、おどけるように言ったが、美里は特に答えなかった。
男は美里の顔をじっと見て、それからジュースを一口飲む。世間話は必要ないと感じたのか、男は無理には話しかけてこなくなった。
互いの飲み物が空になる頃、男は腕時計をちらりと見て「もう、行く?」と尋ねた。
美里はスマホの上に手を置いて、しばらく黙る。男は返事を急かさない。黙って、美里を見続けた。
美里は首を振った。
「じゃあ、まだ時間はたっぷりあるし。飯でも食べる?」
美里は再び首を振る。
「ちょっと、歩きたい」
男は頷くと、美里のトレイを持ち「じゃあ、このあたりを歩こうか」と言って、席を立った。

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