私を呼んだ。




少年はどうしてボロボロになっていたのかだけは話してくれた。




「家の事情の事をからかわれたので殴りかかったらそのまま喧嘩になった」と。





〝家の事情〟は聞けなかった。

少年は私よりも少し前を歩き、私は少年が濡れないように傘を少し前にして歩いた。

少年の向かう方向で少し〝家の事情〟がわかった気がした。




その時、少年がポツリと口を開いた。






「俺、施設暮らしだから‥‥」








そこから先はなにもしゃべらなかった。


その〝家の事情〟を自分の口から話すにはまだ幼い。

それほどの事情なのかと思った。





『みんなの家』と書かれたちょっと薄汚れた木の看板の前で少年は立ち止まった。






「‥‥なぁ‥‥」

「‥‥ん?」

少年はジッと私の顔を見た。

「あんた、ちょっと濡れてる‥‥」

「え、あぁ、大丈夫だよ。こんなの!」

「‥‥‥‥‥‥」

少年は黙って俯くと、また顔を上げて私の顔を見た。

「あんた‥‥」

「‥‥え?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥綺麗だな。」

「‥‥え、えぇ!!?な、なに急に‥‥」

少年は笑いもせずに呟くように言った。

「‥‥‥‥‥‥心が、」

「え、あぁ、あー‥‥ありがと」

なんだ‥‥なんか小学生の男の子に弄ばれた気分になった。

「‥‥俺、あんたなら信じれる‥‥かも‥‥」

少年は私のどこを見てそーおもったのかはわからないけど、その少年の言葉になぜかほっとした。

「‥‥そう‥‥。」

私はかがんで、少年の目の高さに自分の目線を合わせた。

「人を信じるってすごく難しい事だと思う‥‥。君がどんな過去を背負っているのかはわからないけど、けど!今、多分大きな1歩踏み出せたと思うんだ!私は‥‥だから、もう喧嘩なんてしちゃダメ。どんなに相手が悪くても、手を出したらそこで負けなの。こっちは悪くないのに負けるのよ?嫌でしょ?辛いでしょ??‥‥だから、ちゃんと自分を大切にしてね。」

なぜか母が昔喧嘩っぱやかった私に言った言葉を思い出していた。


少年は黙って私の顔を見つめると、頷きはしなかったが、鋭かった目が少しだけ優しくなったように見えた。


すると、施設の中からおばさんがでて叫んだ。


「あ、帰ってきた!早く入りなさい!みんなお風呂待ってたのよー!」




「じゃあ、私、行くね!」

私は姿勢を戻し少年に別れを告げようとすると、

「まって!」

少年は今日1番大きい声を出した。

「‥‥‥‥‥‥ありがとぅ‥‥」

俯きながら言った少年の頬が少し赤らんでいるのがわかった。

私は急に可愛く見えてしまった。

「フフッいいえ、どういたしまして。」

私は手を振って歩き出した。

すると後ろから


「あのさ!!」

「‥‥え?」

少年の声に振り返ると、少年は力強く立ってこちらを鋭い目つきで見ていた。


「あの‥‥名前とか‥‥聞いてなかった‥‥」

「‥‥フフッ。伊藤凛子、18歳です。」

私は叫ぶと、少年は続けた。

「‥‥凛子さん!!!!俺、あんたと同じくらいになったら会いに行っていい??‥‥あんたと同じくらい大きくなれば、大人になれば!‥‥俺あんたと生きたい!!!!」

私は少年が何を伝えたいのかは分からなかったが、その必死な姿になぜか心を打たれた。

「‥‥うん!!!!待ってるね!!!!」

私は大きく手を振った。
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