忘れるために必要なこと
第一章
プロローグ
「うん、それめっちゃ迷惑やね」
少しくぐもった声が、冷たい針になって突き刺さる
部屋の温度は確かに常温なのに、一瞬にして冷めてしまった。
ストーブの上に乗っていたヤカンは場違いのように蒸気を上げ始める。
私より高いその影は何事もなかったようにまた、作業を始めた。
私は喉から何か出そうになったから、それを抑えることしかできなかった。
第1章
外は少し寒い11月。作業部屋に入ると部屋の中心にあるストーブのおかげか暖かかった。まだ薄暗い部屋に急いで入ると後を引っ付いて入って来るようにひとりの男が入ってきた。男の中では平均的な身長。少し垂れ目の二重は顔そのものをより良く見せている。筋肉質な体からは文科系と言うより、体育会系に見えた。
植木 空
高校美術の教員をしている。そして私の作品を見てくれる担当の先生だ。
私は急いで作業服に着替えていると、先生はストーブにあたりながら
「今日は、何すると?」
「今から青柳さんに学校案内してきます。それから製作しようかと…」
「下心、丸見えやね」
はははっと笑った先生は少しニヤつきながらストーブの上で手を揉んでいた。
「違いますよ」
「嘘やん」
着替え終わって自分もストーブの所に行くと作業部屋の扉が開いた。
「青柳さん!」
つり目で色白、30代にしては可愛くおしゃれを意識している。男だが低めの身長も私にとっては気にならない。髪型も襟足がスーツのワイシャツから出ていて爽やかに見える。
「愛ちゃん、探したわ」
ハスキーな関西弁が私の心を突く。
こんな時に顔が赤くなる度に、何てバカな女なんだろうって思う。
急いで近くにあったマフラーを首に巻き、青柳さんの元に駆け寄る。
「先生、行ってきます。」
冷やかされたくないからマフラーで顔を隠しながら振り向いた。
「おー。はよ、かえってきぃね。」
先生は一目もくれずストーブの上で手を揉んでいた。
作業部屋の部屋から外に出るとき何故か目の前にいる青柳さんよりも、作業部屋に一人で残す先生のことが気になって少し寂しくなった。
私は九州にある私立高校にかよっている。学校は普通科、商業科、芸術科、スポーツ科がある高校だ。特に芸術科は全国大会の常連校。割と有名な高校だと思う。そんな高校には大学の先生や大学入学課の人が毎週のように講演や説明をしにやってくる。そして、青柳さんはそんな人たちの一部だ。だけど、私からしたらそんな一部の人間ではない。好きな人だ。きっかけは忘れた。ただ、清潔感があって礼儀も正しくて、だけどフレンドリーな青柳さんが素敵だった。たかが17、8の女子高生が抱く好意なんて憧れを恋愛での”好き”という感情と間違えてるに決まってる。青柳さんもそう思ってるだろうし、私もそう思っている。だから、青柳さんがそのノリに乗ってきてくれたらそれ相応のリアクションを私もやる。「可愛い」って言わらたらちゃんと顔を赤くして照れる。計算的なヤツって言われるかもしれない、と言うかよく言われる。仕方ない。これが、私の“人を傷付けない生き方”。この接し方が辛くもないし、苦しくないから続けている。今までもそうやってきたし、好きな人だろうと、嫌いな人だろうと同じリアクションをする。人の表情、性格、行動をみながら生きて何が悪い。誰にも迷惑掛けてない。一番最高な生き方じゃない?
だから、今隣で笑ってる青柳さんに合わせて笑う。
「へー、ここ油彩なんやね。キャンバスギッシリやなぁ」
普通のこと話してるのに声が大きいのは関西圏だからか?
「狭いんで。仕方ないんですけどね。もう一つ部屋はあるんですよ。」
笑いながら、次々に部屋へ促す。しゃべり続けていたらきっと進まない。悪い気はしないけど。そんなことを考えながら歩いているとさっきの先生の言葉を思い出した
『下心、丸見えやね。』
”丸見え”ではないはず。確かに、何日か前から楽しみにはしていたけど…
「なに、ニヤニヤしてんの?」
青柳さんは口元に手を当てながら笑ってる
「え?あぁ、ニヤニヤしてました?」
これは、本気で恥ずかしい
「だいぶ、楽しそうなこと考えてたんやなぁ。百面相やったで?百面相!!最初はフツーに見てたけど、わらってまうわ」
カラカラとわらってる。あぁ、襟足可愛い。
「そんなアホ面でした?うわー、恥ずかしい」
「いやいや、可愛かったわ」
こんな時にサラッと言えるこの人は本当に上手いと思う。
こんなことには流されない。青柳さんが笑ってくれたのと同じくらいの笑顔で返す。
最後に案内する場所を終えるともう、空は暗くなってきていた。時間を見ると17時35分。11月にもなるとここまで暗くなる。
「じゃあ青柳さん、職員室まで行きますよね?お送りします」
「ん?いや、今日ね…」
少し青柳さんがそわそわしだした。職員室じゃなかったのか。
「??会議室の方ですか」
手袋もマフラーもせずにスーツにコートだけの青柳さんを早く暖かい場所に連れて行ってあげたかった。
「いや、愛ちゃんのアトリエで待っててもええ?」
寒さか暑さかどちらのせいかわからないが、青柳さんの耳は赤かった。
「アトリエ………えぇっ??!?」
驚いた私をみると、青柳さんは少しだけ笑った。
「うん、それめっちゃ迷惑やね」
少しくぐもった声が、冷たい針になって突き刺さる
部屋の温度は確かに常温なのに、一瞬にして冷めてしまった。
ストーブの上に乗っていたヤカンは場違いのように蒸気を上げ始める。
私より高いその影は何事もなかったようにまた、作業を始めた。
私は喉から何か出そうになったから、それを抑えることしかできなかった。
第1章
外は少し寒い11月。作業部屋に入ると部屋の中心にあるストーブのおかげか暖かかった。まだ薄暗い部屋に急いで入ると後を引っ付いて入って来るようにひとりの男が入ってきた。男の中では平均的な身長。少し垂れ目の二重は顔そのものをより良く見せている。筋肉質な体からは文科系と言うより、体育会系に見えた。
植木 空
高校美術の教員をしている。そして私の作品を見てくれる担当の先生だ。
私は急いで作業服に着替えていると、先生はストーブにあたりながら
「今日は、何すると?」
「今から青柳さんに学校案内してきます。それから製作しようかと…」
「下心、丸見えやね」
はははっと笑った先生は少しニヤつきながらストーブの上で手を揉んでいた。
「違いますよ」
「嘘やん」
着替え終わって自分もストーブの所に行くと作業部屋の扉が開いた。
「青柳さん!」
つり目で色白、30代にしては可愛くおしゃれを意識している。男だが低めの身長も私にとっては気にならない。髪型も襟足がスーツのワイシャツから出ていて爽やかに見える。
「愛ちゃん、探したわ」
ハスキーな関西弁が私の心を突く。
こんな時に顔が赤くなる度に、何てバカな女なんだろうって思う。
急いで近くにあったマフラーを首に巻き、青柳さんの元に駆け寄る。
「先生、行ってきます。」
冷やかされたくないからマフラーで顔を隠しながら振り向いた。
「おー。はよ、かえってきぃね。」
先生は一目もくれずストーブの上で手を揉んでいた。
作業部屋の部屋から外に出るとき何故か目の前にいる青柳さんよりも、作業部屋に一人で残す先生のことが気になって少し寂しくなった。
私は九州にある私立高校にかよっている。学校は普通科、商業科、芸術科、スポーツ科がある高校だ。特に芸術科は全国大会の常連校。割と有名な高校だと思う。そんな高校には大学の先生や大学入学課の人が毎週のように講演や説明をしにやってくる。そして、青柳さんはそんな人たちの一部だ。だけど、私からしたらそんな一部の人間ではない。好きな人だ。きっかけは忘れた。ただ、清潔感があって礼儀も正しくて、だけどフレンドリーな青柳さんが素敵だった。たかが17、8の女子高生が抱く好意なんて憧れを恋愛での”好き”という感情と間違えてるに決まってる。青柳さんもそう思ってるだろうし、私もそう思っている。だから、青柳さんがそのノリに乗ってきてくれたらそれ相応のリアクションを私もやる。「可愛い」って言わらたらちゃんと顔を赤くして照れる。計算的なヤツって言われるかもしれない、と言うかよく言われる。仕方ない。これが、私の“人を傷付けない生き方”。この接し方が辛くもないし、苦しくないから続けている。今までもそうやってきたし、好きな人だろうと、嫌いな人だろうと同じリアクションをする。人の表情、性格、行動をみながら生きて何が悪い。誰にも迷惑掛けてない。一番最高な生き方じゃない?
だから、今隣で笑ってる青柳さんに合わせて笑う。
「へー、ここ油彩なんやね。キャンバスギッシリやなぁ」
普通のこと話してるのに声が大きいのは関西圏だからか?
「狭いんで。仕方ないんですけどね。もう一つ部屋はあるんですよ。」
笑いながら、次々に部屋へ促す。しゃべり続けていたらきっと進まない。悪い気はしないけど。そんなことを考えながら歩いているとさっきの先生の言葉を思い出した
『下心、丸見えやね。』
”丸見え”ではないはず。確かに、何日か前から楽しみにはしていたけど…
「なに、ニヤニヤしてんの?」
青柳さんは口元に手を当てながら笑ってる
「え?あぁ、ニヤニヤしてました?」
これは、本気で恥ずかしい
「だいぶ、楽しそうなこと考えてたんやなぁ。百面相やったで?百面相!!最初はフツーに見てたけど、わらってまうわ」
カラカラとわらってる。あぁ、襟足可愛い。
「そんなアホ面でした?うわー、恥ずかしい」
「いやいや、可愛かったわ」
こんな時にサラッと言えるこの人は本当に上手いと思う。
こんなことには流されない。青柳さんが笑ってくれたのと同じくらいの笑顔で返す。
最後に案内する場所を終えるともう、空は暗くなってきていた。時間を見ると17時35分。11月にもなるとここまで暗くなる。
「じゃあ青柳さん、職員室まで行きますよね?お送りします」
「ん?いや、今日ね…」
少し青柳さんがそわそわしだした。職員室じゃなかったのか。
「??会議室の方ですか」
手袋もマフラーもせずにスーツにコートだけの青柳さんを早く暖かい場所に連れて行ってあげたかった。
「いや、愛ちゃんのアトリエで待っててもええ?」
寒さか暑さかどちらのせいかわからないが、青柳さんの耳は赤かった。
「アトリエ………えぇっ??!?」
驚いた私をみると、青柳さんは少しだけ笑った。