忘れるために必要なこと
水で湿った粘土を取る。冷たさにはもう慣れてはいるが、体としては指先を赤くしてしまう。30分もすると、やっぱりたまらなく痛くなる。そうすると、ストーブの近くに行く。いつもはそこから自分の作品を見ながら全体のバランスを確認するのだが今日は、ストーブのとなりに私にとっての爆弾がある。
「愛ちゃん、上手やなぁ。うちの大学来ぇへん?」
短く切られた黒髪はやっぱり印象がいい。アホ毛すらもたまらなく可愛く見える。言われた言葉が冗談だとか言う前に、いつもの風景にいつもは居ない存在を感じることに耳が赤くなる。
青柳さんに言われた言葉にへらへら笑って、作業に戻る。
周りの仲間たちはそれを可笑しそうに見ていた



「あいつ、いつもと態度ちがうやん」
丸眼鏡に寝癖頭。ただ顔が整ってる分不潔には見えない。高さは無いけど痩せている分縦に長く見える。三宅は聞こえるか聞こえないかくらいの声で隣の男子に話しかける。
「久々に会えたんやろ?いいやん。好きなようにさせてやりーよ」
そう言ったのは三宅よりも身長が高く、三宅よりも綺麗な顔立ちの目黒だ。ハーフでもクウォーターでもないのに色素の薄い瞳や髪の毛、日本人離れした容姿は普通科でファンが出来る程ある。
「やけどさ、いつもと違いすぎて……」
「なに?好きなん?」
「違うて!!この感情は…………………………キモい!!」
「嫉妬やろ」
二人がコソコソと話していると足元から、低い声が聞こえた
「喋る暇あるなら、手ェ動かせ。」
二人の新しい合作の為に心棒を紙に書いていた俺は不機嫌に言う。愛と青柳には背を向けチラりとも見ない。それを察してか、
「先生、どう思います?アレ」
三宅は含み笑いで俺に目線を合わせる
「アレって何が?」
三宅の言葉で明らかに機嫌がより悪くなった俺が三宅を睨む。きっと、言葉遣いとアレのことだろう。イケメンがキレると本気で怖いのだ。
「すいません、冷やかしとかじゃないんですけど…」
「けど、なに?」
「明らかに、先生機嫌悪いから……原因で水原なんかなーって…」
「えっ?!そうなん??!」
目黒もしゃがみ込んだ。
「うっさいわ」
話すエリアが男だけになるとどうしても口調が緩くなるのは俺の悪いところ
「でも先生、6限の時わりと機嫌良かったのに部活来たら機嫌悪くなってるって……確実に水原デショ?」
俺の行動パターンをわかっている三宅にとっては、その状況にいなくても手に取るようにわかっている。
「バカ、ちげーよ」
少し見える三宅のおでこにデコピンする。デコピンがよほど痛かったのか足の間に頭を埋めて三宅は堪えていた。
「じゃあ、なんでこんな眉間にしわ寄ってるんすか?」
目黒がツンツンと俺の眉間を突く
そこでようやく、自分が眉間にしわを寄せていることに気がついた。
「寄せてないわ」
目黒の手を払いながら心棒を入れる位置を考えていると
「何が寄せてないんですか?おっぱい??」
俺の真上にはほっぺが真っ赤な水原がいた。ちらりと後ろを見るともう、ヤツの姿はない。
「意味分からんこと言わんでいいけん」
ペンを適当に置き、水原の顔も見ずに外に出た。残ってた仕事があったはず。その前に1年生のデッサンも見なきゃいけない。頭の中でやらなければいけないことを優先付けしていく。まるで、ヤツのせいで林檎みたいに真っ赤になったら水原の顔を見て嫉妬まがいの感情が湧き出そうになったのを止めるかのように。
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