怪しい羊と迷えるオオカミ'S【完】
前日、瑛太は、自宅へ戻る前に美祈の部屋を訪れていた。
「アラスカに行く前に行きたいとこあるんだ」
「うん」
「勝手で悪いけど柊ちゃんに明日美祈を休ませるってお願いした」
このところ悩んだ様子だった瑛太さんは会話も何だか端切れが悪い。
勝手に休みとか…って思ったけれど、たぶん深刻な話なんだろう。
「わかった」
不安感で涙が浮かんできたら
「お前と同じぐらい俺も不安だ」
瑛太さんはそう言って私を抱きしめた。
「美祈が生まれたとこ。俺に話して聞かせる町に連れてけ」
「え?」
「アラスカ行くまでもうあまり時間ねぇ。明日の朝6時に迎えに来る」
「わかった」
いつものように優しいキスをして瑛太さんは帰って行った。
アラスカでの仕事を嬉しそうに語っていた。
写真を見せながらオーロラの話しを夢中でしてた。
会えないのも連絡が出来ないのも淋しいと言って、仕方ないと宥める私に子どものように頬を膨らませながら
「淋しいから行かないでって言えよ」
私が行かないでと本気で言っても、瑛太さんは行くだろう。
そう思うから口にするのが怖かった。
淋しさを感じそうで怖かったんだと思う。
「行くくせに」
笑って言えば笑って返す。
きっともっとアラスカにいたいのかもしれない。
もしかすると、いろんなところへ行きたいのかもしれない。
数か月の間、不在にする事はよくある事で、私がこのマンションに引っ越してきてから会わなかったのも長い間海外にいたからだと聞いていた。
瑛太さんは優しいから、私を心配していたのかも。
トラウマを克服しつつある今、瑛太さんもまた自分のスタイルへと戻ろうとしているんだろう。
別れるって言われちゃうのかな。
そう思うと胸がギュッと痛くなった。
こういう時ってどうしたらいいんだろう。
あれこれ考え出すと気分が落ちていきそうになるけれど明るく笑顔で過ごさなきゃ。
それだけを考えることにした。
そして、涙が出そうになった時のために実家に連絡を入れ明日、近くまで行くから時間があったら寄ると伝えた。
「泊まっていったらいいでしょ」
「あぁうん」
曖昧な返事をして早々に電話を切ったのは、誰となのか仕事なのかそんな事を聞かれたくなかったから。
笑顔でいる為に、何も考えないようにして布団をかぶって眠った。