③愛しのマイ・フェア・レディ～一夜限りの恋人～

「お、お、大神さぁん！」

　燈子は突然、大神の元に駆け出して、その懐に飛び込んだのだ。

「え…」


　会話を続けていた二人が振り返ると、飛び付かれた大神も、飛び付いた燈子までが、驚いたように互いを見ている。

「トーコちゃん…」

　熊野が呆然と呟くと、大神は戸惑いながらも、その細い肩をしっかりと掴んで引き寄せた。

　突拍子のない行動に、その場は一瞬しんと静まった。
　
　やがて。

　静寂を破って、社長が愉快そうに笑い始めた。

「はっ、ハハハハ。
　なんだ。そういうことか」

「え？え？」

　3者を交互に見比べながら、訳がわからず戸惑う燈子に、彼は柔らかい視線を投げた。

「君には…ナイトが2人も居るんだね。
私の出る幕は、もうないようだ」

「ヒトシさ…あの、これは…え？」
「大神くんに、熊野くん」

「「は、はい」」

　慌てて大神から離れた燈子を、彼は再び自分に寄せた。

「彼女は＿＿私の大切な女性だ。
しっかり家まで、送り届けてくれるかい？」

「はっ、承知しました」

　大神は素早く返事をし、綺麗なお辞儀をした。
　隣で熊野がペコッと会釈する。


　それから社長は燈子に向きなおった。

「燈子、いい夜をありがとう。　
…君と話が出来てよかった。
君は私に、懐かしい時を思い出させてくれた」

「ヒトシ…さん」

　慈父のような優しい眼差しを向け、優しく髪を撫でてくれる。

　＿ああ、これで本当にお別れなんですね＿

　目で訴える燈子に、彼は　“うん”　と一つ頷いた。　　

　それからクルリと踵を返し、後ろ手に軽く手を振った。
　3人が見守る中、暗闇に大きな背中が消えていく。
　と、彼は一度振り返った。

「ああそうだ。
　大神君、秘書課に伝言を頼むよ。『明日は休暇』と……久しぶりに、妻の顔が見たくなった」


「……承知しました」