③愛しのマイ・フェア・レディ~一夜限りの恋人~
 燈子を真ん中に、3人が肩を並べ、大通りまでの道のりをとぼとぼと帰り行く。

 失恋の痛みに、下向き加減の燈子を支えるように、大きな男が左右に添う様は、一見、高貴な姫に忠誠を誓う騎士(ナイト)のようだ。

 しかし、その外観とは裏腹に、中で繰り広げられている会話は、品性の欠片もなかった。


「ううっ……ぐすっ」
「いい加減泣き止めよ。折角キレイにして貰ったのに、化粧がハげて見れたもんじゃない。」

「ううっ…だってぇ…
 大神さん、私ってやっぱり…フラれたんですよね」

「はーっはっは、ぅあったりまえだろう。
 そもそも社長だぞ?
 お前がどうにかなれる相手じゃない」

「ううっ、ヒドイ。
そんなにハッキリ言わなくってもいいじゃあないれすかぁ」

「そうだぞ大神、何て言い草だ。
 大体さっきのはさ、俺たちが邪魔したようなもん……あ、いや。ゲホゲホッ。
 ささっ、これで涙を拭いて?君に涙は似合わないよ」

「うっわ、何だよそのキッタないタオル。お前の汗拭き用じゃないか!」
「煩いな…わりいかよ」

「いくら赤野でも病気になるだろうが。
ほら…」
 大神が差し出した真っ白なハンカチを見て、熊野は侮蔑の表情を浮かべた。

「……何、お前。自分用と別に持ち歩いてるわけ?
 ほら、トーコちゃんも、見ただろ!?こいつこんなヤツなんだ。ハンカチでさえ、女に渡す用を携帯してるようなダメ男…」

「何だと!?
 煮しめたような茶色いタオルより数倍ましだろうが。
 そんな事言ってるから、彼女も出来ないんだ」

「茶色くなんかないわっ!
それに、お前だって彼女いないじゃないか」

「は~?そんなことないもんね~、両手で数えきれないくらいいるもんね~」

「それは単なるイカガワシイオトモダチだろ!?」

「は~、ナニソレ。
 意味ワッカリマセーん。クマタン可哀想に。若いのにもうボケたんですかー?」

「このっ、極悪人っ。
 なあトーコちゃん、こいつやっぱりサイテーだろ?
 コイツだけは絶対ないよなっ、なっ?」
 
 真ん中に燈子を挟み、大人げない言い合いを続ける2人を眺める、燈子はやっと笑えるようになっていた。

「まあまあ、お二人とも…
 あら、大神さんってば。背中が葉っぱだらけ。よく見たら熊野さんも!
も~、今まで一体何処で飲んでたんですか?」

「「え…」」

 ギクリと固まった二人の背中に廻り、バサバサと払いながら。
 燈子はハラハラと頬に落ちる涙を真っ白なハンカチに、そっと染み込ませた。

「アレ?
 お…大神課長ったら、髪に枝が…あれ?絡まっててとれないや、え~いっ」
「いった、引っ張るなよ!
 自分でやるから、もういい、いたいっ」
「やー、もうちょっとですから」
 
 たまらず逃げ出す大神の背中を追いかける燈子。 

 その様子を笑顔で眺めながら、熊野は、胸に感じたことのないざわつきを覚えていた。

 トーコちゃん、君はもしかして__


 燈子の束の間の大人の恋の経験に、3人で過ごした2年目はもうすぐ終わろうとしている。

 三人三様の気持ちを胸に、

 もうすぐ、3年目の春が訪れようとしている。

(おわり)
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