光のワタシと影の私
REIとの出会い
 「…っ…すみません、ちょっと休憩…お願いします…」
 そんな声が聞こえてきたと同時にスタジオのドアが開かれるとプロフィール画面で見るだけだった顔をした同年代の女の子が出て来た。
 私とは全然色違いの明るい色のワンピースにショートブーツを履いた姿、最低限の化粧をして髪の毛もきちんと整えられている姿はそこら辺のモデルにも引けを取らない出で立ちだった。
 ただ、歌を歌うことはそれなりにカロリーや体力を消耗するらしく顔のあちこちには小さな汗の粒が滲み出ておりとても私なんかに声を掛ける余裕があるとは思えなかった。
 「…あ。…見学者?…もしかして、鳴宮さんの妹さん…来るって言ってたっけ…。初めまして、ワタシREIって言います」
 「あ!こ、こちらこそ初めまして!私、鳴宮麗華っていいます!」
 「麗華?…あー…もしかしてブログ始めたばかりの頃にメッセージ残してくれた子だったりする?」
 「は、はい!そうです!名前が似ていたってメッセージ残したのが私です!」
 ドキドキとうるさい心臓の音を誤魔化すかのように次から次へと言葉を吐き出していくと『REI』は疲れた様子で私の座っている長椅子に腰を下ろしてきた。レコーディングが上手く進んでいないのか時折小さな溜め息さえ聞こえてくる。
 「…あの、大丈夫…ですか?…疲れてるみたいだから…」
 「へ?あー、うん。…音響スタッフさんとワタシの歌い方についてなかなか、食い違いっていうのが生じちゃって。ワタシはワタシで自由に歌いたいのに、それを大人たちが許してくれないっていう感じかな」
 『REI』はそう言うと近くにあった自動販売機からペットボトルのお茶を二本購入していくとそのうちの一本を私に差し出してくれた。
 「あ、ありがとうございます…」
 まさか売れっ子の『REI』にお茶を奢ってもらうことになるとは思っていなかったために大事にペットボトルを受け取ると、口を付けるのを躊躇いながらペットボトルの蓋を開けていけばぐいっとお茶を口にしていった。
 「……昔は…」
 不意に『REI』が口を開いたかと思うとなんとも言えない暗い表情で言葉を続けていった。
 「昔は、本当にワタシのやりたいように歌わせてくれてた。ライブハウスで歌っていたときのように歌えばそれで良いって事務所からも言われていたんだけど、少しずつワタシの歌い方じゃ売れないからって言われるようになって…つい言い返すことも多くなってきちゃってるんだよね…」
 「あ。この前のCD。REIさんにしては豪快っていうか…強い感じのメロディーでしたよね…?」
 「分かる?!ワタシはどっちかって言うと落ち着いた感じのメロディーにしたかったのよ。それなのに、いつも同じタイプの曲調じゃありきたりだ、売れなくなるって言われて仕方なくあんな曲に仕上がっちゃったってわけ」
 今頃愚痴ってみても済んじゃったことだし、仕方ないんだけどね?と苦笑いに笑みを浮かべる『REI』はとても傷付いているように見えた。
 私だって高校生活でとても疲れてへばっているというのに『REI』も立場は違っていても大きな苦労を抱えているんだ、と思うととても他人事のようには感じられなかった。
 「……私、学校で虐めに遭ってるんです。友達らしい友達もいなくて相談出来る人ももちろんいないから…クラスからも学校からもハブられてるんですよね。それでもREIさんの曲を聴いていくと元気を貰えるっていうか、また明日も頑張ってみよう!って思えるようになるんです。…って、これじゃ単なるネット中毒者みたいな感じなんですけどね」
 小さくクスッと笑いながら自分のことを吐き出してみると少しだけ心の底が軽くなるような気がした。
 よく知らない人だからこそ打ち明けてみて良かったのかもしれない。少なからず私のことを知っている人だったらこんなふうに悩みを打ち明けることはしにくいだろうし、ましてやいろいろな苦労を抱えている『REI』に聞いてもらいたかっていう気持ちもあった。
 「虐めか…。いつだって難しい問題だよね」
 ペットボトルのお茶に口を付けながら床をじっと見据えつつ小声で呟きを洩らしたかと思えば私にじっと顔を向けて見つめてきた。凄く美人、という顔作りというわけではないとは思うけれど、それでも整った顔立ちをしている女の子に見つめられると少なからずドキドキしてしまう。
 「…だったら、ワタシと友達にならない?貴女が虐めに遭ったらワタシに相談してよ。さすがにずっとそばにいてあげることは出来ないかもしれないけれど、話しは聞いてあげられる!」
 「REIさんと、友達に…?」
 大人気の歌手の一人と一般人がそう簡単に友達になんてなれるものなのだろうか?と考えていると軽く私の肩に『REI』の片手が乗せられた。
 「歌手だとか、そういうのは関係無しね!ワタシが貴女と友達になりたいと思ったから友達になりたいの!えーっと…麗華ちゃんだっけ?ワタシもレイカって言うの。漢字は麗花って書いてレイカって読むのよ」
 わざわざ携帯を出して名前を示してくれながら説明をしてくれた。
 漢字は違えども同名の名前にびっくりしてしまう。
 似ている名前だということは分かっていたけれど、まさかちょっとした漢字の違いだけで同じ名前だったなんて…びっくりだ。まさかとは思うけれど姉はこのことに気が付いていたのだろうか?
 「年頃も同じぐらいでしょ?だったら、ワタシのことは麗花でもREIでも好きなように呼んでね?ワタシは麗華って呼ぶから。はい、アドレス交換しましょ?」
 『REI』は姉にも負けず劣らずの積極的な性格があるのだろうか、先ほどまで悩み苦悩していた表情とは一変させた様子で私が携帯を取り出すと早く早く!とアドレス交換をしていった。
 「ワタシは麗華の味方だから!何でも相談してね?」
 「うん、ありがとう…。REI!」
 姉は本当に私の気分転換のつもりでスタジオに連れて来たのかもしれないけれど、私からすればとても嬉しい時間を過ごすことが出来た。
 あの大人気歌手の一人である『REI』とのアドレス交換。
 そして、休憩を終わらせたらしい『REI』が再びスタジオ入りをして新曲のレコーディングを再開していくと先ほどまでの表情とは一変させて良い歌声を披露し、スタッフさんとのやり取りも良い流れで進行させていくことが出来たと後になってから『REI』から送られてきたメールで知らせてくれた。
 私はあまり長い時間外にいたことが無かったので姉に一言礼を告げると先に自宅に帰ることにしたのだ。
< 16 / 38 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop