光のワタシと影の私

勧誘

 REIが一日ゆっくり休みを取れるという日に合わせて出掛ける予定を組んだ私は、そう遠い場所に行っても逆に疲れてしまうだろうと思って今回は近くの喫茶店で軽くお茶会でも開こうと考えた。
 その喫茶店は、近所ではちょっとした評判の良いお店で特にコーヒーは絶品。もちろん紅茶や数多くのフルーツを使ったジュースなども美味しいと評判が良く、テイクアウトも可能なケーキやクッキーなんかも売れていることでちょっとしたお土産の一つにケーキやクッキーを購入していくお客も多いそうだ。
 待ち合わせの時間はあまり早すぎることもなく、遅すぎることもない昼のちょい前という時間帯。
 ちょっと小腹が空いているのであれば喫茶店で済ませてしまえば良いことだし、シンプルな店内の造りはREIの疲れきった心身を癒すにはちょうど良いと目星をつけていた場所だった。
 「おはよう、麗華!今日は誘ってくれてありがとね!」
 ボーイッシュなショートパンツにキャミソールと薄い上着を羽織って帽子を目深に被ったREIは、もはや巷では人気者。
 待ち合わせは人通りの多い地元の駅の近くを避けて公園の近くにしたもののそれでも人気歌手のREIであるということに気がつかれてしまって待ち合わせの時間に遅れてしまったことを詫びてきたのだが、今日ここに来るだけでも疲れてしまっているのが目に見えて分かるほどだった。
 「私のほうこそ、ごめんね?せっかくの休日だったのに…」
 「いいの!いいの!久し振りに出掛けたい気分だったし…ワタシ…麗華に話したいこともあったから…」
 気のせいだろうか、一瞬REIの顔に悩みや戸惑いといった表情が見え隠れした気がしたもののすぐに笑顔を向けてきたからストレスから来ている疲れが顔に出てしまったのだろうと思えた。
 「よーっし!今日はのんびりするぞー!」
 「うん!ゆっくりお茶して!なんでも話し聞いてあげるからね!」
 私たちはお互いに顔を見つめてからクスクスと笑いながら喫茶店に向かっていった。
 まだまだ暑い気候のなか、喫茶店に入ると一瞬冷房の効きすぎではないかと思うほどヒヤリとした空間にぞくっと背筋が震えたものの過度な冷房の使用をしているわけではなかったらしい。外が暑すぎたのだ。
 「わ~…素敵なお店。木造のテーブルとか椅子とか…落ち着くね~…」
 「そう言ってくれて良かった。REIには少しでもリラックスして欲しかったから少しでも落ち着ける場所を探したんだよ」
 なるべく落ち着いておしゃべりとお茶会を楽しめるように奥のテーブル席に座ると私はアイスティーとショートケーキを。そして、REIはアイスコーヒーとベリータルトをそれぞれ注文した。
 飲み物とデザートがテーブルに運ばれてくるまでREIは他の客の人目を気にしては小さく溜め息を吐くという行動を繰り返していた。
 帽子を深く被っていたせいでよく分からなかったけれど、よくよく顔を観察してみれば寝不足を繰り返しているのか、目蓋の下はうっすらと隈が出来ており顔色もあまり良いものとは言えなかった。
 「…REI…ちゃんと寝たり、食べたりしてるの…?」
 「え?あー…うん…食べれるときには食べたり、寝れるときには寝てるんだけど…前よりは睡眠時間は減っちゃったかも…」
 注文してからREIが何度目かの溜め息を吐いたところでお互いの飲み物とデザートが運ばれてきた。
 さっそく外の暑さで乾いた喉を潤すようにアイスティーに口を付けてからケーキを小さくフォークで切って口に運んでいくと程よい甘さが口の中に広がって一気に顔を緩ませていった。
 REIも暫くはアイスコーヒーにばかり口を付けてばかりで、じーっとベリータルトを見つめてから次いで私の顔に視線を向けてくると真剣な眼差しで食い入るように見つめてきた。
 何か、私変なことでも言ってしまっただろうか?
 それともこのお店が気に入らなかっただろうか?と不安な気持ちばかりが心の中でぐるぐる塒を巻いていたものの不意にREIの口が開いたかと思えば予想外の言葉を私に向けてきた。
 「…麗華…ワタシからの一生のお願い!…今度の新曲に、ワタシとデュエットしてくれない?!」
 「へ?デュエットって…一緒に歌うってこと?!」
 「たまには嗜好っていうか…曲のタイプを変えてみようと思って。でも、それはワタシ一人だけの歌声じゃどうにもならないの。…他の歌手に頼んでみようかとも思ったんだけど、この人!っていうほど気になる人も見つからないし…それに、麗華の声って良い声してると思う。ちょっとボイストレーニングをすれば良い歌声が出せると思うの!」
 「ちょ、ちょっと待ってよREI!私だよ?!素人の私だよ?!む、無理だよ!」
 「無理じゃないよ。ワタシだって元々素人だったもの。ワタシだって最初から注目されてたわけじゃない…ライブハウスで歌うばかりの生活だった…。今更誰かとコンビを組んだらその相手にも迷惑を掛けちゃうかもしれない。だから一曲だけ!PVとかにも出演はしなくて良いから!歌だけ、協力して欲しいの!お願い!」
 飲み物やデザートをこぼさないように気をつけながらもテーブルの上で両手を合わせ、頭を深々を下げるREIの被っている帽子しか見えずにREIの真剣さが伝わってくる気がした。
 「……わ、私だって…友達のREIのためなら…なんでもしてあげたいと思うけど…でも、やっぱり私なんかじゃ…」
 「大丈夫!鳴宮さんから聞いたことがあるけど時々ワタシの曲を鼻歌混じりに歌ったりするんでしょ?」
 「あ。お姉ちゃん…余計なこと言わなくても良いのに~…」
 「さすがに過度な音痴とかだったらワタシだって誘ったりしないよ?!でも、麗華の鼻歌は綺麗だったって鳴宮さんも言ってたし、こうして会話していても声の高さも良い具合で聞いていて心地が良いもん!ワタシが保証する!誰にも文句なんて言わせないから!」
 「…うーん…」
 友達のためなら、REIのためなら何でもやりたい…とは考えていたけれどまさかこんな形で頼られるとは思っていなかったから正直困ってしまう気持ちのほうが大きい。すんなりとOKを出すことが出来なかった。
 「…すぐに、返事をしてくれなんて言わないけれど…次の新曲は麗華とのデュエットでいこうと考えてるから。だから…何度も拒まれてもワタシはしつこく頼み込むから覚悟してね?」
 言いながら顔を上げたREIの表情はちょっと悪戯っぽく片目を瞑りながら口端を上げて笑みを浮かべていた。
 最近、REIが何に対して悩んでいたのかようやく理解出来た気がする。曲そのものに対しての悩みがあったわけではなく、一緒に歌ってくれる人が見つからずに悩んでいたのかもしれない。
 「…えーっと…取り敢えず、食べよっか」
 私はまだ残っているショートケーキを、REIはまったく手が付けられていないベリータルトにようやく手を付けて食べていった。
 「…本当は、メールで頼もうかと思ったんだけど、タイミング良く休みも貰えて麗華とも会えてよかったわ~。やっぱり大事なことは顔を合わせて相談しないと駄目よね」
 美味しそうにベリータルトを食べ進めていくREIの礼儀といったものは日頃から大切にしているらしい。だからこそ多くの人たちとのやり取りも増えてプライベートな時間を欠けてしまうことにも繫がるのだろうが自分のことよりも周りのことを大事にする人なんだな、と思えた。
 「……REI…私で良かったら…その、出来る範囲でお手伝いさせてもらえる?」
 自分でも何を言ったのか分からなかったけど、無意識のうちに口に出てしまっていた。
 「本当?!ありがとう、麗華~!」
 私は、決めたんだ。
 REIのために、大切な友達のために力になってあげるって。
 だから、私は覚悟を決めることにした。
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