光のワタシと影の私

記者会見

 「絶対、嫌です!」
 事務所のフロアに響き渡らん勢いの大きな声で告げるとスタッフはすぐに仕事を再開したもののワタシの目の前に立っている鳴宮さんは腕組みをしながらワタシの大きな声に気圧されることなく黙ってワタシの言い分を聞いていた。
 「麗華は絶対に報道会見とか嫌がるはずです!あなたの妹なら麗華が虐めに遭っていることぐらい知っているはずでしょう?!そんななか、ワタシとユニットを組むことになった一般人と世の中に知れ渡るようなことになったら余計に学校で目立つ存在になるじゃないですか」
 どうやら社長や鳴宮さんたちは一般からワタシとユニットを組むことになった麗華をワタシと一緒に報道会見に出てみてはどうか?と聞いてきたのだ。
 もちろんワタシの答えはノーだ。
 ワタシは会見などには慣れているものの麗華は違う。
 麗華は学校で虐めに遭っていると相談してくれていたし、ワタシとユニットを組むことになることで下手に目立つような存在になってしまったら学校にいる間はいたるところから虐めの標的になってしまうんじゃないかと心配した。
 だからこそ報道会見は拒否したのに、鳴宮さんたちはいっこうに受け入れてくれようとしないのだ。
 「REIの言い分にも分かるわ。…あの子も、立場上余計にツライことになるでしょうね…。でも、だからと言ってこのままで良いの?顔も出さずにREIとユニットを組んだ謎の人物として扱ったほうが良いのかしら?ここは思い切って会見を開いて世間にREIと麗華の顔を公に出していくべきよ」
 公に顔を出せば、もしかしたら虐めは無くなるかもしれない。麗華の学校の生徒のなかにもワタシのファンだという人はたくさんいたはずだから。それでも、本当に虐め自体は無くなるのだろうか?
 「とにかく。報道会見は決まりよ。麗華にも伝えておくからあなたも準備しなさい」
 「……はい…」
 無言という抵抗をある程度向けてから渋々と頷き返すとやはり大人には勝てないことを痛感した。
 もっとワタシが強い立場にあったならば、もっと大人になって子どもの気持ちを聞き入れてくれるような人物だったのならばきっと同じ結果にはならなかっただろう。
 力の無い今の自分がとても歯がゆく感じた。
 麗華はオーディションで見事、通過したという結果で急遽記者会見を開くことになった。ワタシはもちろんのこと、ワタシの隣りには麗華の姿もあった。学校帰りらしく、制服を着込んだままだ。
 「…緊張、してる?」
 視界の前方はカメラや記者たちがわらわらと集まり始めている頃、どうにも落ち着かない様子であちこちに視線を泳がせている麗華を横目に見ると小さく笑いながら小声で話し掛けていった。
 「うん。かなり。もう心臓が口から飛び出そうだよ~…」
 「ふ、ふふ。そんなこと言えるならまだ大丈夫そうだね」
 麗華と知り合うようになって感じるようになったことだが、麗華はいきなり冗談を言ってみたり、時々びっくりするような物言いをすることもあるから驚きや笑いがついつい生まれてしまう。
 そう、こんな子だからこそワタシは選んだのだ。
 ワタシには持っていない素質を持っている麗華だからこそ、ワタシが欲しいと願っていた素質を持っているからこそ麗華でなければならないのだ。
 「ただ聞かれたことに応えていけば良いだけだから大丈夫だよ。そう難しいことも聞かれないはずだしね」
 「うん…でも、緊張してきた~…お腹痛くなりそう~…」
 「あはは!しっかりしっかり!トイレならさっき行ったばかりでしょ?」
 歌を歌うことは好きだ。
 そして歌っている間は自然と笑顔が生まれてくる。だけど、私生活だとどうだろうか。ワタシが歌手活動をおこなっていることを知っている周りの人間たちはワタシのことを全然知らないくせにサインや一緒に写真を撮ってもらうことばかりを求めてくるばかりだ。そこにワタシ自身の笑顔は生まれない。作り笑顔しか生まれないのだ。
 だが、麗華が傍にいてくれると違ってくる。
 麗華と会話をしていると自然に笑いがこみ上げてくるのだ。
 普段どんなに忙しい毎日を過ごしていたとしても麗華とのメール、おしゃべり、会ってちょっとしたお茶をしているときにでも自然な笑みが自分でも知らないうちに浮かんでくるのだ。
 ワタシは、こんな子をずっと待っていたのかもしれない。
 あれこれと麗華に対して感謝しても感謝しきれない想いを考えているうちに記者とカメラマンのセッティングが整ったらしくいざ記者会見の時間が始まった。
 「今回、ユニット相手に選ばれたのは一般人というわけでしたがお二人はご友人か何かなのですか?」
 「えぇ、とても大事な友達です」
 「この時期になっていきなりのオーディションはびっくりしたことでしょう?」
 「はい、ワタシにも聞かされていなかったことなのでびっくりしました」
 「失礼ながらお相手のことは何一つ情報がありません。簡単で構いませんのでご紹介していただけませんか?」
 「彼女は、鳴宮麗華。ごくごく普通の女子高校生です」
 きっと麗華は緊張しているだろうから、彼女に変わってワタシが質問に応えていった。
 「有名な歌手やアイドルの方などもオーディションに参加されたんですよね?彼女…麗華さんに決めた理由は何か特別なものがあったのですか?」
 「そう…ですね。敢えて言えば彼女の歌声には胸が熱くなるものがあったからです」
 そうワタシが応えると一気に会場の中がざわつき始めたように感じた。
 相変わらず麗華と言えばそわそわしながら自分の膝辺りを見て視線を落としている。記者やカメラマンに慣れていない人の当たり前な格好と言えるだろう。
 「最初、ワタシと彼女は友人として出会い、何度か会っているうちに彼女の歌を何の気なしに聞いてみたんです。そうしたら新曲にぴったりマッチングしたので新曲のユニットには彼女の歌声が必要だと判断しました」
 時間にすればたった数分ほどの会見だったのかもしれないが、とても長く感じた。
 わらわらと去っていく記者やカメラマンよりも先に麗華を連れて会場を出ていくとようやくお互いにまともな呼吸が出来たように深い溜め息を吐いて見せた。
 「もう、麗華ってば一言も言わないんだから。ワタシだって慣れてないんだから大変だったんだよ?」
 「ご、ごめんってば~。だってどんな返事をして良いのか分からなくて…」
 「ぷっ、ふふ…だから麗華は麗華のままで良いんだってば。今回は緊張していたってことで通じたけど、また何かあったときにはきちんと会話が出来るようにならないと駄目だからね?」
 気疲れのようなものは感じたもののなんとか会見を終えたワタシたちは二人揃って近くのカフェに足を運び、3時のティータイムを楽しむことにした。
 麗華のことも公に発表することも出来たし、麗華と歌う歌の作曲と作詞も仕上げていかなければならない。ほとんど出来てはいるものの細かな修正がどうしても必要になってしまう。これから暫くは徹夜が続くのかもしれない。それでも麗華と歌えることのほうが楽しみで徹夜なんていくらでも耐えることが出来てしまいそうだ。
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