光のワタシと影の私

Greed~強欲~

 REIの家で暫し二人だけの空間を楽しんで過ごしているとあまり遅くまでいるのもマズイかと考えた私は、紅茶ありがとね、とお礼を言いつつ玄関に向かった。
 「もっといてくれても良かったのに…」
 「うん。それはまた今度、ね?今日はREIの調子が知りたかったからさ」
 玄関先で見た顔と同じ人間とは思えないほどの明るい笑顔が自然と浮かぶようになってきたREIに素直にホッとした。
 そう、このように笑うことが出来てこそのREIだ。
 もちろん私生活のなかでどんな生活を送っているのかまでは分からないけれど、それでも公の場では覇気のあるREIでいてもらいたい。…と私からの要望の一つでもあるのだけれど…。
 「じゃあ、また!」
 「うん。暫くは曲作りのためのパソコンからも離れて生活してみることにしてみるよ。麗華と言ったように少し離れたほうが良いと思うし」
 それで良いのだと思う。
 アイドルは毎日のように忙しく動き回っているイメージがあるけれど、そんなんじゃ絶対に身体のほうが先に悲鳴を上げてしまうだろう。
 それに私たちの曲というのは作詞も作曲もREIがおこなっているものだから誰かに急かされてCDを販売するように、と言われることもないからまだ気が楽だ。事務所のなかには次から次へとCDを発売するようにボイストレーニングやPV制作に時間を割いているアイドルグループたちも少なくはない。
 そう、私たちはこのままで…良いんだ。
 REIの明るくなった気持ちを目にしたことで私の気分も高揚しながら自宅に向かって帰っているとふと私の傍に一台の高級そうな車が止まった。車の銘柄は詳しくないものの見た目からして高級感が滲み出ている。
 「いきなり、失礼。先日、REIと一緒にユニットを組んだ麗華さんで間違いありませんか?」
 どんな人物が乗っているのか分からない黒ガラスの窓を開けられると声を掛けてきたのはちょっと意外な女性の声だった。
 どうしてもこのような高級車をイメージしてしまうと偏見かもしれないが強面の男性辺りが乗っていそうなイメージがあったから一気にイメージががた崩れした。
 「!は、はい。そうですけど…何か?」
 「あぁ、良かった。こんな場所でごめんなさい。取り敢えず、私はこういう者よ」
 またしても高級そうなバッグから高級そうな名刺入れを取り出すと女性の名刺を取り出して私に渡してきた。
 「谷口…佳代、さん?」
 「えぇ。私もあのときのイベントに参加させてもらった一人なんだけど急用が出来てしまって握手会には参加することが出来なかったんだけど、ここで出会えて良かったわ」
 「…えっと、それで…私に用事か何かでしょうか?」
 あまり車通りが多い場所ではない通りではあるもののやはり対向車が来れば運転しにくくなるだろうし、なによりも周りの住宅からは物珍しいものとして映っていることだろう。
 「あなた…今のユニットを組みながらでも構わないけれど一人で音楽活動をしてみる気はないかしら?」
 「は?…え、私一人でですか?」
 何を言われたか分からなかった。
 だってREIなら分かる。今まで一人で音楽活動をしていたのだからもしも私に万が一のことがあったときにも一人でも充分に活動することができるだろう。でも、なぜに私?!
 「あなたのソロパートを聴いたときに、他のアイドルには無い特別なものを感じたわ。周りにも涙ぐんでいるファンたちもいたし、私も思わず感激しちゃった」
 「ちょ、ちょっと待ってください。えっと…す、スカウト?!スカウトですか、これ?!」
 「そうねぇ…スカウト、というよりも引き抜きっていったほうが正しいかしら」
 ますますもって信じられない。
 私はREIがいるからステージ上に立つことが出来ているというのに、REIがいない一人ではとてもステージに立つ勇気は出ないだろう。
 「あなたの事務所にも連絡はしているんだけど、いつも拒否されてるのよね…だったら直接本人に聞いてみるしかないでしょう?」
 「わ、私は…REIと一緒にいたいんです…」
 「本当に?…本当のところは一人でも輝きたいって思うこともあるんじゃないかしら?」
 「そ、そんなこと思ったこともありません!」
 「…返事はいつでも良いわよ。名刺に連絡先も書いてあるから、それじゃ今日はこの辺で…」
 谷口さんは言いたいことだけ言うと運転手に軽く声を掛けて高級車を走らせていった。私は、この状況をなかなか判断することが出来ずにぼーっと突っ立ったまま渡された名刺をじっと見つめることしか出来なかった。
 「…私は…ううん、私は絶対にREIがいなきゃダメだよ…REIのことを支えるって約束して決めたんだから…」
 確かにREIを目当てにしてイベント会場に訪れていたファンはたくさんいた。続いて私がステージに立ったときにそれなりに歓声は上がったもののやはり「なんでこの子が?」と疑問の目を向けられることもなんとなく分かった。
 もしも私だけのファンがいてくれたらどんなに気持ちが良く感じるか…そう考えただけでとても胸が熱くなってくる。
 アイドルグループたちのファンのなかには推しメンと呼ばれる、特定のメンバーのファンになる人たちもいるそうだ。そんなことをしなくてもメンバーは逃げたり隠れたりしないのだからグループ全体を愛して応援してあげれば良いのに…。
 私も人気のREIと組んだことできっとREIのファンだという人、私のファンだという人がきっちり分かれてしまうのかもしれない。ファン同士の揉め事だからアイドルたちには被害は及ばないのかもしれないけれど、それでも大事なファンたちが揉め事を起こすなんて少々悲しい気がした。
 だったら思い切って谷口さんの意見に乗ってソロでデビューしてみるのも良いかもしれない。
 でも、今はREIという光りを浴びながら一緒に傍に存在していたいと考えていたのだが、悲しくも私のソロ活動という話しは事務所のほうでも上がっていった。
< 35 / 38 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop