光のワタシと影の私
事務所へ
夕飯まではまだまだ時間もあるし、特に見たいテレビ番組があるわけでもないワタシは自分の部屋にこもって新しい曲の作曲に時間を費やしていた。
そんなとき、一通のメールが携帯に届いた。
友達からのお誘いメールか何かだろうか?と思いながらパソコンの前から離れて携帯を手に新着メールを開いていくと、先日スカウトしてきた女性からの連絡だった。時間があるなら良ければこれから事務所に顔でも出してみないか?といった内容のメールだった。
「今日は…生憎ライブ活動も無いし…作曲活動もあまり進んでいないし…気分を晴らすにはちょうど良いかな…?」
ライブ活動で夕方から夜にかけて家から出ることは少なくなかったし、もしもライブが長引き帰宅が遅くなるようだったら家族には連絡をきちんといれるようにしているワタシだからちょっとしたことで親に不審に思われることはあまり無い。
早速、身支度を済ませ、学校の制服から完全に着慣れているワンピースにちょっとした上着を羽織ってパソコンの電源を落とし、一階でくつろいでいる母親に顔を出すとちょっと出掛けてくると告げるとすぐに住所に従って事務所に向かっていった。
幸い、そう入り組んだところに建っているわけではなく、大通り沿いの一角に建てられているビルが音楽事務所らしかった。あまりこの辺りには足を向けたことがなかったけれど、渡された名刺と何度か女性とのメールを繰り返すことで場所を確認しながら事務所の入り口に顔を出してみた。
受付と思われる場所には受付嬢らしい女性が座っており、きっと訪問の理由を聞かれるのだろうと思われた。
「あの、この人の紹介で来たんですが…」
「あぁ、音楽関係の。…はい、分かりました。どうぞお進みください」
ワタシは、渡された名刺を見せながら受付嬢に簡単に挨拶をしていくと細かな質問でもされるかと思っていたわりにはすんなりと上にあがることが出来てしまったために少々意外と感じた。
音楽関係の事務所って言うぐらいだからファンが入って来ないように厳重にセキュリティーがしっかりしているものだとばかり思っていたし、無闇にファンが押し掛けてくることがないようポリスマンの姿の一人や二人ぐらいいるものかと思ったけれどどこをどう見てもそれらしい姿は無い。もしかして裏口とかのほうがセキュリティーはしっかりしているというオチがあったりするのだろうか?
スカウトしてきた女性が働いているオフィスはこのビルの五階にあるらしい。
わざわざ階段で向かうつもりなど無かったから、ワタシは近くのエレベーターに乗って五階を目指すことにした。
きちんと階層ごとにどんな会社があるのかエレベーター上部に記載がされており、ビルの一部には若手の歌手などを育成するためのレッスンスタジオなどもあるらしかった。
あっという間に五階に着くと、何枚かのポスターが所々の壁に張られているのが目に入ってきた。よくよく見てみれば、巷で名を轟かせているアイドルだったり、歌手のモノばかり。やっぱりここは巷でも有名な音楽会社であることが分かった。
「…一応、着いたものの何処に行けば良いんだろ…?」
「…いらっしゃい!ごめんなさいね、待っててもらう場所を教えていなくて」
何処が事務所の入り口になるのかも分からなかったし、やたらと動き回っていたら変に思われるのも嫌だったのであちこちに張られているポスターを一枚一枚見てまわっていたら女性のほうがワタシに気がついてくれて慌てて話しかけてくれた。
「こっちに落ち着いて話せるスペースがあるからどうぞ」
粗茶だけど、どうぞ。
と、とても粗茶には見えなかったけれど温かなお茶を用意してくれた女性に続きながら白いテーブルと何脚かの椅子が存在しているスペースに招かれて椅子に座ると小声でいただきますと挨拶しながらそっとお茶に口付けた。
意外にも緊張していたらしくお茶を一口飲むだけでホッと心が落ち着く気がした。まるでワタシの緊張が少しでも和らぐのを待っていたかのように暫く時間を置いてから女性が口を開いた。
「改めて初めまして。私は、この事務所で…そうね、所謂スカウトをしてあちこち営業係のようなものをしている鳴宮律子(なるみや・りつこ)よ。よろしくね。私のスカウト、少しでも興味を持ってくれて嬉しいわ」
「いえ、こちらこそ話し掛けてもらってとっても嬉しかったです。今までスカウトとかされたことが全く無かったので正直びっくりしたんですけど…」
「普通の人はみんなそう言うものよ。スカウトもされずに独自で活動を続けていくにはちょっと厳しい世界だし…でもね?スカウトされずに頑張って活動している人たちにこそ他には無い熱のようなものを持っているって私は信じているの」
どうやら鳴宮さんは陰ながら必死になって活動している音楽家を探してはスカウトして回っているらしい。
ワタシだってスカウトの声が掛かるまではいつまでライブ活動を続けていくことができるんだろう?と思っていたものだし、さすがに高校在学中までだろうか他にきちんと就職出来る道を見つけることができたら音楽活動はそこまでで諦めてしまおうか…と思ったこともあった。
「あそこのライブハウスにもたびたび顔を出していたから店長さんともすっかり顔馴染みになってきたんだけれど、貴女を見たのはあの日が最初だったのよ。でも、すぐに声を掛けなくちゃ!って思ったの」
「…初めて見て、スカウトってするものなんですか?」
「そうね…私の会社も一応営業を下げるわけにはいかないものだし、何度か気にかけたグループの子や歌手を目指している子、下の階にレッスン会場があるのは知ってるかしら?そこで少しでも芽が出そうな子には早めに声を掛けさせてもらっているんだけど、貴女の場合はちょっと違ったわね」
やはり普通は一度や二度会っただけ、数回の音楽を聴いただけでスカウトするということは有り得ないという話しだった。
ワタシだって特に歌声に絶対の自信を持っているというわけではないし、もしかしたらレッスンをおこなっている生徒さんたちのほうが歌唱力は上かもしれないけれどそれでも声を掛けてくれた鳴宮さんに感謝した。
これで少しでも本格的な音楽活動を広めていくことが出来るのだから嬉しいことには違いない。
「もちろん貴女が希望すればレッスンをおこなうことも出来るけれど、貴女は今のままでも充分に売れることが出来る気がするわ」
「え、でもワタシ…ボイストレーニングとか一度もしたことないですよ?歌い方もホント独学で歌いやすいように歌っているだけですし…」
「そう、それが貴女の良いところなのかもしれないわね。なかなか自分の歌いやすいように歌うことができる歌手って少ないものだし、どうしてもボイストレーニングで教科書通りに歌うことを学ばされていってしまうものだからその人独自のキャラクター性のようなものが薄まってしまうこともあるのよ」
「…じゃあ、ワタシはこのままでも、良いと…?」
「そういうこと」
一応、世間に名を売り出すことが出来たというアイドルグループや歌手たちを分かりやすくパンフレットにまとめてくれた書類をテーブルに広げて見せてくれた。アマチュアは詳しくないもののそこそこにワタシでも歌の一つや二つぐらい口ずさむことができるほどのアイドルグループや歌手の名を目にしていくと音楽業界の中でも上位にある事務所ではないかと思えた。
「えーっと…それで、ワタシはこれからどうすれば…?何か特別なことでもしなければいけないんですか?」
「特別なことは必要無いわよ。今まではライブハウスでおこなっていた音楽活動を世に広めていきましょう、って感じだから基本的には今までと同じね。ただ、貴女の曲をCDにして売り出してみたり、売れてきたら大規模なコンサートでも広めてみない?って話しはあがるかもしれない」
CDにコンサート。
本格的な音楽活動を夢見るワタシとしては、これほど嬉しい単語は他に無い。それに、事務所を通していけばファンクラブももしかしたら作ることも出来るかもしれないのだ。
「ほ、本当にワタシ…上手くいくでしょうか?鳴宮さんに声を掛けてもらったからもちろん全力で今まで以上に頑張りたい気持ちはあります!あります、けど…やっぱりCDとか言われると売れるのかなって…」
「あら、私の耳を疑う気?これでも多くの歌手をアマチュア時代にスカウトしてきたんだから。この私が声を掛けたんだから貴女はもっと自信を持って良いのよ?」
いろいろな意味で心臓がドキドキしてきてしまった。
今までは本当の意味で自由にやってきたものだから損得なんて考えもしなかったけれど、ワタシが事務所に所属するとなればワタシが活動すればするほどに損得が発生していくことになる。少しでも良い曲を仕上げなければいけないと思った。
「…そう難しく考えないで?ふふ、歌っているときには思えなかったけれど不安は顔に出やすいのかしら?」
「だって、ワタシ今までパソコン一つで音楽を作ってきたようなものですし…」
「あら、パソコンだけで?凄いわね。一人でどうやって音源を用意したのかも気になったけれど、なるほどパソコンか…便利になった時代よね…」
しみじみと鳴宮さんが呟くのを見てはワタシは失礼に思いつつも小さくクスッと笑い声を洩らしてしまった。
そんなとき、一通のメールが携帯に届いた。
友達からのお誘いメールか何かだろうか?と思いながらパソコンの前から離れて携帯を手に新着メールを開いていくと、先日スカウトしてきた女性からの連絡だった。時間があるなら良ければこれから事務所に顔でも出してみないか?といった内容のメールだった。
「今日は…生憎ライブ活動も無いし…作曲活動もあまり進んでいないし…気分を晴らすにはちょうど良いかな…?」
ライブ活動で夕方から夜にかけて家から出ることは少なくなかったし、もしもライブが長引き帰宅が遅くなるようだったら家族には連絡をきちんといれるようにしているワタシだからちょっとしたことで親に不審に思われることはあまり無い。
早速、身支度を済ませ、学校の制服から完全に着慣れているワンピースにちょっとした上着を羽織ってパソコンの電源を落とし、一階でくつろいでいる母親に顔を出すとちょっと出掛けてくると告げるとすぐに住所に従って事務所に向かっていった。
幸い、そう入り組んだところに建っているわけではなく、大通り沿いの一角に建てられているビルが音楽事務所らしかった。あまりこの辺りには足を向けたことがなかったけれど、渡された名刺と何度か女性とのメールを繰り返すことで場所を確認しながら事務所の入り口に顔を出してみた。
受付と思われる場所には受付嬢らしい女性が座っており、きっと訪問の理由を聞かれるのだろうと思われた。
「あの、この人の紹介で来たんですが…」
「あぁ、音楽関係の。…はい、分かりました。どうぞお進みください」
ワタシは、渡された名刺を見せながら受付嬢に簡単に挨拶をしていくと細かな質問でもされるかと思っていたわりにはすんなりと上にあがることが出来てしまったために少々意外と感じた。
音楽関係の事務所って言うぐらいだからファンが入って来ないように厳重にセキュリティーがしっかりしているものだとばかり思っていたし、無闇にファンが押し掛けてくることがないようポリスマンの姿の一人や二人ぐらいいるものかと思ったけれどどこをどう見てもそれらしい姿は無い。もしかして裏口とかのほうがセキュリティーはしっかりしているというオチがあったりするのだろうか?
スカウトしてきた女性が働いているオフィスはこのビルの五階にあるらしい。
わざわざ階段で向かうつもりなど無かったから、ワタシは近くのエレベーターに乗って五階を目指すことにした。
きちんと階層ごとにどんな会社があるのかエレベーター上部に記載がされており、ビルの一部には若手の歌手などを育成するためのレッスンスタジオなどもあるらしかった。
あっという間に五階に着くと、何枚かのポスターが所々の壁に張られているのが目に入ってきた。よくよく見てみれば、巷で名を轟かせているアイドルだったり、歌手のモノばかり。やっぱりここは巷でも有名な音楽会社であることが分かった。
「…一応、着いたものの何処に行けば良いんだろ…?」
「…いらっしゃい!ごめんなさいね、待っててもらう場所を教えていなくて」
何処が事務所の入り口になるのかも分からなかったし、やたらと動き回っていたら変に思われるのも嫌だったのであちこちに張られているポスターを一枚一枚見てまわっていたら女性のほうがワタシに気がついてくれて慌てて話しかけてくれた。
「こっちに落ち着いて話せるスペースがあるからどうぞ」
粗茶だけど、どうぞ。
と、とても粗茶には見えなかったけれど温かなお茶を用意してくれた女性に続きながら白いテーブルと何脚かの椅子が存在しているスペースに招かれて椅子に座ると小声でいただきますと挨拶しながらそっとお茶に口付けた。
意外にも緊張していたらしくお茶を一口飲むだけでホッと心が落ち着く気がした。まるでワタシの緊張が少しでも和らぐのを待っていたかのように暫く時間を置いてから女性が口を開いた。
「改めて初めまして。私は、この事務所で…そうね、所謂スカウトをしてあちこち営業係のようなものをしている鳴宮律子(なるみや・りつこ)よ。よろしくね。私のスカウト、少しでも興味を持ってくれて嬉しいわ」
「いえ、こちらこそ話し掛けてもらってとっても嬉しかったです。今までスカウトとかされたことが全く無かったので正直びっくりしたんですけど…」
「普通の人はみんなそう言うものよ。スカウトもされずに独自で活動を続けていくにはちょっと厳しい世界だし…でもね?スカウトされずに頑張って活動している人たちにこそ他には無い熱のようなものを持っているって私は信じているの」
どうやら鳴宮さんは陰ながら必死になって活動している音楽家を探してはスカウトして回っているらしい。
ワタシだってスカウトの声が掛かるまではいつまでライブ活動を続けていくことができるんだろう?と思っていたものだし、さすがに高校在学中までだろうか他にきちんと就職出来る道を見つけることができたら音楽活動はそこまでで諦めてしまおうか…と思ったこともあった。
「あそこのライブハウスにもたびたび顔を出していたから店長さんともすっかり顔馴染みになってきたんだけれど、貴女を見たのはあの日が最初だったのよ。でも、すぐに声を掛けなくちゃ!って思ったの」
「…初めて見て、スカウトってするものなんですか?」
「そうね…私の会社も一応営業を下げるわけにはいかないものだし、何度か気にかけたグループの子や歌手を目指している子、下の階にレッスン会場があるのは知ってるかしら?そこで少しでも芽が出そうな子には早めに声を掛けさせてもらっているんだけど、貴女の場合はちょっと違ったわね」
やはり普通は一度や二度会っただけ、数回の音楽を聴いただけでスカウトするということは有り得ないという話しだった。
ワタシだって特に歌声に絶対の自信を持っているというわけではないし、もしかしたらレッスンをおこなっている生徒さんたちのほうが歌唱力は上かもしれないけれどそれでも声を掛けてくれた鳴宮さんに感謝した。
これで少しでも本格的な音楽活動を広めていくことが出来るのだから嬉しいことには違いない。
「もちろん貴女が希望すればレッスンをおこなうことも出来るけれど、貴女は今のままでも充分に売れることが出来る気がするわ」
「え、でもワタシ…ボイストレーニングとか一度もしたことないですよ?歌い方もホント独学で歌いやすいように歌っているだけですし…」
「そう、それが貴女の良いところなのかもしれないわね。なかなか自分の歌いやすいように歌うことができる歌手って少ないものだし、どうしてもボイストレーニングで教科書通りに歌うことを学ばされていってしまうものだからその人独自のキャラクター性のようなものが薄まってしまうこともあるのよ」
「…じゃあ、ワタシはこのままでも、良いと…?」
「そういうこと」
一応、世間に名を売り出すことが出来たというアイドルグループや歌手たちを分かりやすくパンフレットにまとめてくれた書類をテーブルに広げて見せてくれた。アマチュアは詳しくないもののそこそこにワタシでも歌の一つや二つぐらい口ずさむことができるほどのアイドルグループや歌手の名を目にしていくと音楽業界の中でも上位にある事務所ではないかと思えた。
「えーっと…それで、ワタシはこれからどうすれば…?何か特別なことでもしなければいけないんですか?」
「特別なことは必要無いわよ。今まではライブハウスでおこなっていた音楽活動を世に広めていきましょう、って感じだから基本的には今までと同じね。ただ、貴女の曲をCDにして売り出してみたり、売れてきたら大規模なコンサートでも広めてみない?って話しはあがるかもしれない」
CDにコンサート。
本格的な音楽活動を夢見るワタシとしては、これほど嬉しい単語は他に無い。それに、事務所を通していけばファンクラブももしかしたら作ることも出来るかもしれないのだ。
「ほ、本当にワタシ…上手くいくでしょうか?鳴宮さんに声を掛けてもらったからもちろん全力で今まで以上に頑張りたい気持ちはあります!あります、けど…やっぱりCDとか言われると売れるのかなって…」
「あら、私の耳を疑う気?これでも多くの歌手をアマチュア時代にスカウトしてきたんだから。この私が声を掛けたんだから貴女はもっと自信を持って良いのよ?」
いろいろな意味で心臓がドキドキしてきてしまった。
今までは本当の意味で自由にやってきたものだから損得なんて考えもしなかったけれど、ワタシが事務所に所属するとなればワタシが活動すればするほどに損得が発生していくことになる。少しでも良い曲を仕上げなければいけないと思った。
「…そう難しく考えないで?ふふ、歌っているときには思えなかったけれど不安は顔に出やすいのかしら?」
「だって、ワタシ今までパソコン一つで音楽を作ってきたようなものですし…」
「あら、パソコンだけで?凄いわね。一人でどうやって音源を用意したのかも気になったけれど、なるほどパソコンか…便利になった時代よね…」
しみじみと鳴宮さんが呟くのを見てはワタシは失礼に思いつつも小さくクスッと笑い声を洩らしてしまった。