君の嘘を知らなくて(仮題)
「当時アヤメはね、同じ学年にいた男子に恋をしていたの」
「……え………」
何だか、言葉では表せられない、ショックを受ける。
アヤメに好きな奴が、いたなんて。
「でもアヤメは勇気がなくて、告白なんて夢のまた夢。
ずっと図書室に通う彼を、図書委員だったアヤメは見ることしか出来なかったの」
図書室に通う彼…か。
ふと俺も熱心に通っていたことを思い出す。
「ある時、彼が返却期限を過ぎた本を持ってきてね。
同じ図書委員だった子はいなかったから、アヤメは彼に初めて話しかけたの。
だけど緊張していたアヤメは、名前を名乗ることが出来なかった。
代わりに、同じ図書委員だった子の名前を名乗ってしまったの」
「……顔、違うでしょう?」
「そうなんだけどね。
その男子は女子と滅多に話さない、大人しい人で。
アヤメが別の名前を名乗っても、その男子は気が付かないまま、勘違いしたの」
「……馬鹿ですね、ソイツ」
「そうだよ。
ソイツは物凄く、馬鹿だったの。
アヤメと彼が話せたのはそれだけ。
嬉しかったはずだよ、アヤメは。
だから、ショックを受けたの。
その男子が、アヤメが名乗ってしまった同じ図書委員の子と並んで歩いているのを見た時は」
「それで、アヤメは前方不注意で、階段から落っこちた」
胡桃さんは今にも泣きそうな顔で、話してくれた。