君の嘘を知らなくて(仮題)








私は黒い感情を持ったまま、街を宛てもなく歩いていた。




『何アレ』


『イケメンなのにね』


『キモいんだけど…』




ヒソヒソ話をする街行く人たちの視線の先にいる、誰か。

クレープ屋さんの椅子に腰かけ、誰かに向かって微笑みかけている誰か。

しかし誰かが笑顔を向ける先には、クレープがポツンと置かれているだけ。

誰も何もない空間に向かって、笑顔を向けている誰か。

…ヒソヒソ話されるのも、無理はない。





通り過ぎようとして、ハッと気が付く。

あの顔…どこかで見た。




そうだ、真幸の遺留品の中にあった写真だ。

真幸と仲良さそうに写り込む、彼氏。

あの人だ。





望月桜太だ。





『お姉ちゃんの彼氏の名前、何て言うの?』


『望月桜太くんだそうだ』





遺留品の整理中、お父さんに聞いた彼氏の名前。

かつて、親友が好きだった人の名前。





付き合ったのだと知ったのは、その日が初めて。






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