愛の歌、あるいは僕だけの星
そんなはずない。だって、心はこんなにも静かで、無風の海のようだ。あの日、あの夕暮れの教室で生まれた衝動なんて嘘みたいに。
頬に当てられていた右手が、肩にうつる。こぼれるようにな三原の長い髪が、銀也の首筋に落ちた。
そうして気づけば、彼女の整った顔が目の前いっぱいに広がっていて、思わずいつものくせで目を瞑ってしまった。唇に触れるやわらかい感触に、キスをされたのだとわかった。
(……やばい)
離れる唇と唇を、銀の糸が結ぶ。「銀也君」と、自分の名前を呼ぶ三原の声は熱を帯び、潤んだ瞳を瞬かせた。
やばいって、何がやばいんだっけ。思わず、自問した。ゆっくりと、彼女の身体に手を掛けて、長いソファに押し倒す。ふわりと花の香りが鼻をくすぐった。
思い返してみれば、最近シていないと気づく。宮崎由美にせがまれる形で、そういう関係になってから一度も。
ここ最近は、ずっと直帰してたな。まるで、新婚ほやほやのサラリーマンみたいだ。そんなことを思って、くすりと笑う。