愛の歌、あるいは僕だけの星
ああ、もう、まったく進歩がない。どうしたって、売り言葉に買い言葉で、夏といるとついくだらない喧嘩をしてしまう。
そして夏も夏で、割と好戦的なものだから、もし彼女が幽霊でなかったら、きっとちゃぶ台でもひっくり返しているんじゃなかろうか。
口が達者な夏にいよいよ反論出来なくなって黙り込んだ銀也を見て、夏は満足げににやりと口角を持ち上げた。
『てことだから、しばらく帰りません』
「……なんで」
『そんな知りたがるなんて意外なんだけど。まあ、実はさ……、て、ちょっと銀也!もう時間だよ!遅刻!!』
ぱっと立ち上がって、部屋の時計を指さす。生真面目な元クラス委員長は、銀也のルーズなところをよしとはしない。仕方なく立ち上がり玄関へと向かう。ゆっくりと振り返って、聞いた。
「……帰ってくんの?」
『もちろん』
夏は、まるで子どもを安心させるように微笑んだ。
小さく口を尖らせながら、アパートの階段をかんかんと足音を立てて降りる銀也の背に、『いってらっしゃい』と夏の声が降ってきた。