愛の歌、あるいは僕だけの星
それまで会った女の子たちよりもボキャブラリーがとても豊かだった分、彼女は口も達者だった。
ビンタを食らうことは初めてじゃなかったけれど、人間じゃないだとか欠陥品だとか言われたのは初めてだったから、新鮮に思えた。だから遮ることなく耳を傾けていたのに、その態度は余計に彼女の癪にさわったらしい。
逆三角みたいな目で銀也を睨み、「おまえなんて死ね!」と怒鳴り散らして走り去ってしまった。
朝一、公衆の面前で行われた修羅場は、当然のことながらあっという間に校内へと知れ渡っていた。噂話の伝達力って凄いのだ。教室にいる間はひっきりなしに女の子がよってきては「ほっぺた痛そう」だとか、「銀也かわいそう」だとか、次々声を掛けてくるのはとても鬱陶しい。
どちらかといえば酷いのは自分だったように思わなくもないけど、口を挟むのも面倒だった。
じんじんと痺れる頬をそっと撫でると、まだ少し熱を持っていた。
ひっぱたかれて、死ねと言われるくらいのことをしたのかもしれないけれど、実を言ってしまえば彼女の名前すら自分は覚えていないのだ。
「誰だったっけな」
ぽつりと呟いた言葉は、放課後に響く吹奏楽部の演奏に混じって消える。次いで、どこかで救急車のサイレン音。
近くで、事故でもあったのだろうか。
そう思ったけれど、結局のところ自分には何の関係もないから、すぐに頭の中から消えてしまった。
何もかも、薄っぺらい。
記憶にすら残らない。
緩やかな波にただ流されていくのは、あまりにも簡単で、そして虚しい。世界は落ち着きを払って暗く、そしてこんなにも退屈だ。