この恋は、風邪みたいなものでして。
「同じピアノ教室で彼を一度も見ることは無かったから、もしかしたら彼は私の夢の中の人なのかもしれません」
それでも、間違えない。
あの人が私の初恋だ。
彼が理想すぎて、他の人へ恋をすることも出来ず、それどころか、幼馴染のせいで男の人が苦手になっていた。
彼と理想の恋愛を妄想するならば、恋愛漫画を読んでいるぐらいだ。
「ぷっ」
マスクを抑えて、調律師さんは堪え切れずに盛大に吹いた。
「子供っぽい」
クスクスと笑う彼に、恥ずかしくて下を向く。
でも、本当だ。
22歳にもなって、きっと大人になりきれていない。
笑われても仕方が無いのかもしれない。
「すいません。お仕事の邪魔をして」
夢中で話す私は、きっと彼の目には子供にしか見えていなかったに違いない。
「いいよ。俺も最後のピアノの発表会がこのグランドピアノだったから」
ぽーんと鍵盤を弾いて、狂っている音を一個一個丁寧に調べながら、調律師さんも懐かしいのか鍵盤を撫でる手が丁寧だ。