この恋は、風邪みたいなものでして。
「ね? 俺ってそんなに優しくないよ」
へなへなと力が抜けて腰に力が入らない。
そんな私を抱きとめながら、言う。
「君はもうちょっと疑ったり考えた方がいい。――幼馴染君より俺の方が悪い奴だ」
クスクスと笑っている颯真さんは、完全に私をからかっていた。
今までの甘い雰囲気や胸ときめかす日々を否定するかのように、嘲笑う。
私が男の人に慣れていないから優しくして、からかっていたんだって事?
私みたいに単純な子の方が動かしやすいから婚約者のふりなんて頼んだの?
「それでも私の中の颯真さんは、――颯真さんだったのに」
支離滅裂な言葉が零れたけど、そのまま手を振り払ってドアを開けた。
彼の顔が見えなかった。
「食べ終わったら連絡下さいね。私じゃない人が来ると思います」
「あれ? ちょっと怒った?」
その言葉に、じわりと涙が混みあげてくる。
目線は合わせなかったから、気づかれなかったと思うけど、私の鼓動が急激に冷えて、そして触れられた箇所が火傷したように熱くて、悔しかった。
「わかば?」
もう一度、確かめる様に呼ばれた名前を、私は聞こえないふりをしてエレベーターに乗った。