この恋は、風邪みたいなものでして。
「素敵だと思いますっ」
弾いてもいないくせに、彼の言葉につい大声を出してしまった。
音合わせも整調もテキパキとして、それに綺麗で長くて大きな指。
この指がピアノを弾くのかと思うと胸の鼓動が速くなっていく。
どうしよう。少女マンガの王子様みたいな手だ。
できればサングラスとマスクを取ってくれたらば――。
「穴が開きそうなんだけど」
「へ」
「大きな瞳に見つめられたら、俺、穴が開くよ」
ぼっと音が聞こえて来そうなほど私の顔は発火した。
真っ赤だ。
恥ずかしい。
少女マンガの王子様みたいだと思ってしまったのは内緒だ。
「ウエイトレスさん、来て。弾いてみて?」
「え、あ、私?」
「そ。弾けるでしょ?」
彼が椅子をトントン叩く。
あんなすぐ隣に座るだなんて緊張する。
「わ、私、高校受験の時に成績が悪くてピアノ止めちゃってからその」
「じゃあ連弾しよっか。カノン、弾こう」
左の手で彼が、楽譜も見ないで弾きだす。
その手は、指は、『王子様みたい』ではなく、間違いなく王子様だ。