この恋は、風邪みたいなものでして。
「泣きだしそうな君も可愛いから」
「颯真さんは意地悪で、……ちょっと怖いです」
じりじりとエレベーターの奥へ逃げたら、そのまま彼も中へ入ってきた。
後ろ手で閉じないように押さえながらも、私を隅へ追い詰めていく。
「そう。怖いよ。――俺は怖い」
「きゃっ」
「そうやってもっと意識して。いつまでも優しい人は疲れるからね」
そんな。射る様な目、ズルイ。
なんでそんな目をするんだろう。
「私とは、婚約しているふりなのに?」
震える唇で言うけど、彼は表情を変えない。
「じゃあ、婚約者のふりを止めようか?」
「あっ」
纏めていた髪を彼の指に攫われてしまう。
優しく梳く様に奪われる。
「君の心が癒えるまで待ってるだけだっていったらどうする?」
「待って、こ、わい。近くに来たら、わ、私」
ぎゅっと目を閉じる。
近づいてくる颯真さんの身体、体温、香。
覆いかぶさる影。
全てが、私の心を全て持っていってしまいそうで何も考えられなくて流されそうになる。
「ヤス君を亡くした君の心に取り入るのは簡単だけど、それじゃ一番になれないから我慢してるだけ。――君を俺は待っているんだよ」