この恋は、風邪みたいなものでして。


バッと彼の指が壁を叩いた。
その仕草が、彼の押し殺した感情をぶつけたみたいに荒々しくて、とうとう涙が一粒流れた。


「じゃあ。また夜に」

苦笑いする彼は、私の涙がヤス君を思って流れた涙だと誤解したのだと思う。
壁を叩いたのではなく、彼は一階のボタンを押した。


そのままお互い目を逸らせずに、扉が閉まるまでお互いを見つめていた。


彼が怖いと思った。

つい、お客様が居ないのをいいことにぺたんと座りこむ。
誰も居ないこの空間だからこそホッと胸を撫で下ろせた。

彼を怖いと思った。
でも、その怖さの先の彼を知って見たい。

でも、自分の気持ちを言葉にする勇気は出て来なかった。
落ちていたピアス、バスルームのサングラスケース。

そして恋愛に不慣れな私をからかう彼の気持ち。

全てが霧に覆われたようで、私にはどれも答えが分からない。


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