この恋は、風邪みたいなものでして。



『それはまるで、予防をしなくてもかかる筈ないと高を括っていた自分の甘さ。そこからくる、風邪の様なもので。
くると分れば予防できたが誰も分りはしない。
だから私は風邪のように恋に落ちたのだ。
問題は、この恋に処方箋がないことだ。
なぜならば、私に初めて生まれた恋と言う感情は、免疫などなく、薬などありはしない。

体温が上昇し、心は翻弄される。
胸がドキドキし、頬が火照る。
思考が低下し、正しい判断力がなくなっていく。
生理的な涙か、初めての病気に心細くなるために流れる涙が、私の心に流れていく。

どうして私は、自分だけは風邪にかからないと驕っていたのだろう。

こんなにも誰でも簡単に風邪はひくのに』


彼が書いた小説の『処方箋』。
その通りだった。
今さら風邪をひいた後に、マスクをしようとしても私には遅すぎた。

エレベーターから降りた私は、何も考えたくなくてただただ我武者羅に仕事をこなした。

ランチタイムは嬉しいことに目が回るほど忙しくて、私はテーブルの上に置かれた使い終わったお皿を、ただただ探しては集める。
そろそろ無くなりそうなメニューを厨房から運ぶ。

足りなくなってきた食器を補充する。


そんな動作を機械の様にこなした。

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