この恋は、風邪みたいなものでして。
全てが終わったのは三時過ぎだった。
休憩室で、菊池さんが飲み物を貰ってくるのを待って居た時、処方箋をパラパラとめくってその文章に目が止まった。
ピアニストに、初めて心を奪われた調律師が、自分の恋を風邪を引いたのだと表している。
『引く』とピアノを『弾く』と比喩している文章もあって、知的で綺麗な文章だった。
『私は、誰よりも甘く調律する。女性が甘い音色でピアノを弾くのが美しく、可愛らしく、また私の心を弾いて刺激する。だから、甘く調律する』
そう言えば、うちのレストランのピアノも甘く調律していた。
それは、女性が弾くから?
茜さんが弾くからなんだろうか。
パラパラとめくっていくと、音符のピアスの描写もあった。
『彼女のダイナミックな指先と一緒に揺れて、カチャカチャと可愛らしい音を出す音符のピアス。あれは、私が彼女に送ったものだった』
「ねえ、華寺さん」
「はいっ」