この恋は、風邪みたいなものでして。


お弁当も食べ終え、使用済みのお手拭きや布巾の回収もしてもらい、菊池さんもエステにいくのが楽しみでしかたないのか四時前に仕事は終えた。

「……よし」

「お疲れさまでした」
「うん。じゃあ、明日話を聞いてね!」
手をブンブン振りながら、誰がどう見ても上機嫌な彼女はそのまま飛ぶように帰って行った。
「……はあ」
仕方なく私は重い腰を上げて彼のいるスイートルームへ向かう。
数時間で色んな事があったのに、顔を合わせるのが億劫すぎる。

優しくて、いつも見守ってくれる様な人だと思っていたから、さっきのエレベーターが締まらないように両手で押さえている姿とか、私が知っている颯真さんでは無かった。

知らない部分があるなら知りたい。
まだ隠していることがあるなら知りたい。
なのに、勇気が出ない。

知らなさ過ぎて今さら怖いなんて――。

そう迷っていたら、五階のカフェ前でエレベーターが開いた。
誰かが乗って来る。

背筋を伸ばして仕事モードに切り替え、開ボタンを押して入って来るのを待った。

「あれ、これ上に行くの?」

「はい。上へ参りま、――す」


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