この恋は、風邪みたいなものでして。
茜さんは、上機嫌で頷くと一階のボタンを押して、私の腕を掴んだ。
そのままエレベーターから私を下ろすと、手入れされた綺麗な手を私に振る。
「朝、ルームサービスが二人前あったでしょ? あれ、どうせ編集者の分とか適当な事言ったのよね?」
そして彼女はまたカバンから小さな瓶を取り出した。
それは、ルームサービスで五種類出している小瓶に入ったジャムの一つだった。
使わなかったジャムも持って帰って使って頂けたらと、それでまたレストランに足を運んで頂けたら、そう思って小瓶に入れている。
そのジャムを彼女が一つ持っている。
「今からルームサービスを取りに行くんでしょ? 美味しかったわ。ありがとう」
「茜さん、待って下さい」
「良かったじゃん。元カノにこそこそ会う男だよ? 本当の婚約者じゃなくて、貴方本当に良かったじゃない」
「よ、良くないです。私、本当に婚約者です」
挙動不審でうろたえる私を見て、茜さんはほくそ笑む。
「貴方は違うよ、本当の婚約者なら颯真が本気で尽してくれて、幸せオーラ全開のはずじゃない。貴方からは不安そうな片思いオーラしか感じないもの」