この恋は、風邪みたいなものでして。
症状五、処方箋求む。
ブザーを押す手が、馬鹿みたいに震えている。
漸く押せたと思ったら、心の準備ができないまま颯真さんが扉を開けた。
「わかば」
「……片づけに来ました」
何もしらないふりをして笑顔――なんて出来なかった。
でもきっと彼は、今朝のエレベーターのことが気まずいのだと勘違いしてくれたのか、クスクス笑った。
でも顔が見れない。
彼の履いているホテルのスリッパだけが鮮明に頭の中へ入ってくる。
泣きだしてしまいそうで、見れない。
「そろそろ手が開く時間だと思ったんだ」
店長と恋人ならば、確かに手が開く時間も分るってわけだよね。
「で、そろそろ上がりじゃない?」
早番の時間まで知ってる。
それが何だか余計に辛い。
知らないふりをしてくれたら良かったのに。
「いえ。まだ終わってません」
「ちょっと顔色悪そうだけど、疲れてる?」
心配そうに覗きこもうとした彼を避けて、部屋の中にあるワゴンを持った。
彼が片づけてくれていたおかげで、持っていくだけで済む。
早く此処から出られる。
「わかば?」
「風邪を、風邪を引いたんです。きっと」