この恋は、風邪みたいなものでして。
「――っ」
その声が、彼のその声が、余りにも優しくて甘くて。
サングラス越しでもその眼元が私と同じように悲痛に崩れていたのが嬉しくて、力が抜ける様に椅子に座った。
「ヤス君」
「ヤスくん?」
「初恋の彼がピアノ教室に現れなかったあの日から、ずっと私の傍にヤスくんがいてくれたの。いつも私の下手くそなピアノを黙って座って聴いてくれて――一番大事な存在だった」
「『だった』?」
背中を擦ってくれたその手が暖かい。
「一週間前に、な、亡くなってっ」
仕事中だというギリギリの理性は残ってくれた。
下を向いて声を殺し、震えて泣く私を、彼は優しく撫でてくれる。
「それは、辛かった。遅くなった俺が悪いんだ」
「調律師さん」
「もう少し早く――いや、遅かったか。君には既にそんなに大切な人が居たんだね」
大切。
そう。
大切だ。
一週間では涙が枯れなかった。
「君の傷を掘り起こしてしまい、すまなかった。来て」
彼がマスクとサングラスを、ピアノの上に置くのが見えた。
けれど私は泣きている姿をお客や他のスタッフに見せたくなくて顔を覆う。
「あら、どうしました?」