この恋は、風邪みたいなものでして。
「その風邪は、俺のせいなの?」
エレベーターが目の前で開いた。
運よく中に、スーツ姿の中年男性が三人乗っていたので密室での二人きりは避けられた。
「私が勝手に風邪を引いただけで、颯真さんが原因ではないです」
「そう」
煮え切らない会話に、今過ぎ逃げ出しそうになった。
柾たちは今頃、この夜景の何処かで楽しく飲み会をしているんだろうな。
私は、知らない男の人と何を話していいのか分らないから行っても場を盛り下げるだけだろうけど。
菊池さんが居るならば、きっと楽しいはず。
今頃、菊池さんの笑顔で柾も幸せに笑っていればいいな。
そのまま長い沈黙の後、私たちは18階にあるラウンジに入った。
奥でビリヤードをしている人達の姿が見えたけど、私たちはカウンターに隣同士で座った。
私たち以外は、夜景を見る席に数名静かにお酒を飲んでいる方達だけだった。
オーベルジュのBARとは違って、しっとりしたクラシックが流れる中、大きく席同士が離れていてゆったり落ち着いて飲める雰囲気だ。
「こっちに来るのは珍しいですね」
「父には内緒にしていてくれ。婚約者がご機嫌斜めなんで」
年配のバーテンダーが話しかけてきたら、颯真さんは笑顔でまたそんな嘘を言う。
「私、婚約者じゃありません」
「今は、ね」
「あらあら、本当ですね」
バーテンダーは苦笑すると、シェーカーを振りだした。