この恋は、風邪みたいなものでして。

パタンと音がして、店長が出て行ったのが分かった。

「出て来てくれる?」

立ち上がった颯真さんが私を迎えに来てくれたから、今度は私から飛び出して、颯真さんの胸へ飛び込んだ。


「ごめんなさっ」
「あはは。それって思い出した?」

声も違う。
優しかった少年の輪郭も違う。

でも、優しい心は変わらない。

「あの時は、消えたお兄さんよりヤス君を選んでしまって、記憶を封印してしまいましたが、颯真さんは、私の初恋のお兄さんでした」

ぐずっと鼻水を啜ると、颯真さんは怒りもせずに優しく噴き出した。

「何それ! やっぱり俺はヤス君の次かあ」

「でも、今、もう一度好きになりました。初恋の時より好きです。大好きです」

「そう。じゃあ、俺は君の隣で、ヤス君が居なくなった胸の痛みを癒そうかな」

抱きしめ返してくれた颯真さんの大きな手も、好きだと思った。

「ピアノもさ、久しぶりに練習したらやっぱり指が頑くなってて、弾けるかどうか難しかっただけどね、――こっち」

颯真さんは椅子をもう一個持って来て私に座らせると、自分のネクタイを解いた。

「目隠ししてくれる?」

「目隠しって」
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