この恋は、風邪みたいなものでして。
そんな、甘い時間を壊すのは、けたたましいノックの音。
店長が帰って来たのかと、颯真さんの上に座っていた私は急いで飛び退く。
「あー、それとね、君の店長もうるさいし、君とも今度こそ婚約できたから、経営の方が本格的に忙しくなるんだけど」
申し訳なさそうに頭を掻く颯真さんに、今度は私が安心させる番だと、意気込む。
「っはい。大丈夫です。調律師とか小説家さんって収入が不安定かもしれないけど、私も働きますよ! だから経営のお仕事の方も無理しないでください!」
「え?」
きょとんとした顔をさしてしまうと、颯真さんは分かりやすいぐらい笑いを堪えて口を押さえる。
「や、――ああ、まあ、そうか。うん。そうだね」
背を向けたけど、肩は小刻みに震えている。
何が不味かったのかな。
それとも、本当に経営の方を頑張らなければ生活が厳しい、とか?
こんな煌びやかな『シャングリラ』や『オーベルジュ』は、私には身の丈に合ってないから、本当にお仕事が厳しいならば婚約も結婚だって気にしなくて良いのに。
「入るぞ」