この恋は、風邪みたいなものでして。


何に驚いて良いのか、いや、考えもしなかったことに思わず身体の力が抜けた。

原拠である颯真さんが腰を支えてくれなかったら、ぺたんと座りこんでしまっていたかもしれない。


「なんだ。伝えていなかったのか、お前」
「伝えるも何も、彼女が俺を思い出さないせいで、言うタイミングを逃しました」

飄々とそう言ってのけるけど、いくら私が世間知らずの馬鹿な小娘だとしても、それが間違いだと分かる。

颯真さんは、最初に調律師に変装して私の前にやってきたんだから。


「華寺さんから毎年、ヤス君と君の写真が添えられて御礼の手紙が届いていた。君はすっかり忘れていたみたいだが、レストランの面接では子猫のエピソードを意気揚々と話していたから、私も笑いを堪えるのが大変だったよ」

「本当にすいません」

大変だ。ヤス君をプレゼントして下さった方のホテルに毎日出勤しながらもそれを認識していなかったなんて。
失礼すぎて穴があったら入りたいどころでは無い。
いっそ穴の中に埋めて欲しい。

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