この恋は、風邪みたいなものでして。

もう一度ブザーを押すと、小さくコトリと音がした。


「もう来たのか?」

不機嫌そうな低い声。

「あ、あの、頼まれましてワインをお持ちしました」

ドアを開ける様子もないので、ドアの前でそう言うがやはりドアノブは回らない。


「ああ、ありがとう。其処でいい。今は誰とも会う気がしないんだ」

「わ、わかりました。お、おやすみなさいませ」


丁寧に、運んできた事には労いの言葉を下さったが、それ以上は有無を言わさず会話を終わらされてしまった。
結局、調律師さんとの関係は分からなかったが、失礼をしなかっただけ良かったのかな。

エレベーターを待っていたら、この階で降りる人が居た。

すぐにドアが閉まらないように手を添え深くお辞儀をすると、甘い香水の香りがした。

「ありがとう。ルームサービス?」

サングラスをずらして私を上から下までみた女性は、首を傾げる。
「は、はい」
「そ。御苦労さま」

腰までの長い髪からふわりと甘い匂いを撒き散らし、真っ赤な唇で笑うと手を振ってくれた。

綺麗。
足も私とは全然違う。長いし、しかも顔も小さい。

< 21 / 227 >

この作品をシェア

pagetop