この恋は、風邪みたいなものでして。
18時に仕事を終え、ダッシュで家へ帰るのは最近の日課になりつつある。
「風君。ごめんね、直ぐにご飯用意するね」
家に帰って、買ってきた食材をキッチンに置くと、リビングの風(ふう)君を探した。
風君は、一番日が当たっているグランドピアノの椅子の上で、丸まって日向ぼっこしていた。
「あ。やだ、鍵盤開けたまま試着に行ったんだ。毛が入ったら更に壊れちゃうよー」
風君を退かして椅子に座ると、ピアノが壊れていないか弾いてみる。
茜さんにも、颯真にも、寿命だと宣告された私たちの思い出の詰まった大切なピアノ。
それを、廃棄処分にはせず、ここで騙し騙し調律しながら飾っておくことが出来たのも、颯真さんの考えのお陰だ。
此処でなら、下手くそな私しか弾くことはないもんね。
こっそりとサプライズで、結婚式の時に弾こうと思っている曲の楽譜さえ開いたままだった。
自分のクローゼットに楽譜を仕舞い、2番目に日当たりの良いソファの上で、風君と料理本を読む。
毎日疲れてるのにちゃんとご飯を食べに帰ってくる颯真さんに、厭きが来なくて美味しくて、そしていて見た目も凝っている奴――。
3冊目に突入しても決まらず、ついつい朝から走りまわった疲れがドッと出て、うたた寝をしてしまった。