この恋は、風邪みたいなものでして。
柾の珈琲は、既に飲み干されて空だった。
此処に居ても、怒られるだけだしさっさと電車に乗って帰りたい。
「たかが猫の事でピーピー泣いてんじゃねーよ」
吐き捨てる様なその言葉に、私の心臓も流石に沸騰する。
「たかが猫なんて言わないで! ヤス君は18年も一緒居たんだから家族なのっ」
「だが猫は猫だろ」
「猫って言わないで! ちゃんと名前で呼んで」
机を乱暴に叩くと、視界が滲んだ。
今朝みたいな失態は柾の前でしたくない。
「そんなに私が嫌いなら、こんな風にお節介しないでもう放っておいてよ。柾は意地悪で、すごく怖いし、優しくない」
「はあ?」
「私を見てイラつくんでしょ。なのにこうやって送ろうとしたり、わざわざ会って暴言吐いたり。今、ヤス君が居なくなって一番会いたくない人は柾だよ」
「――それ、本音?」
唸るように柾が言葉を吐きだすから、怖かったけど、私だって引かない。
もう柾に飛びかかって引っ掻いてくれるヤス君は居ないんだから。
「本音だよ。私の誕生日の日に、髪の毛ぐちゃぐちゃにしたり、下駄箱にカエル入れたり、楽譜隠してお稽古いけなくしたり。本当はすっごく嫌だった。でも怖いけど勉強教えてくれたしお稽古の後、迎えに来てくれてたのは、うちの親に頼まれて仕方なくなんでしょ」