この恋は、風邪みたいなものでして。
私の腕を引っ張ると、泣き顔を隠すように胸の中に閉じ込めてくれた。
「あ、貴方は……」
マスクもサングラスもしていなかったけれど、私には分かった。
深いブラウンの瞳で私を覗きこむその人を見上げる。
その人は今朝の調律師さんだった。
息を切らして、私を探してくれていたのか、髪が乱れている。
どうしよう。
こんな時なのに、胸がきゅうっと締めつけられる。
またこの人に会えて嬉しくて胸が騒いでるんだ。
「ふー。ワインを君が持って来てくれると思わなかったから、慌てたよ」
「へ?」
何の話しか首を傾げていたら、テーブルを蹴り、威嚇しながら柾が立ち上がった。
「お前、誰だよ。ってか、わかばに馴れ馴れしく触るな」
怒っている柾を見て、私が調律師さんの胸にしがみ付くと、柾は大きく舌打ちする。
「君こそ、俺の婚約者を怒鳴って泣かせていたみたいだが?」
婚約者――?
びっくりして顔を上げると、彼は優しく笑った。
「婚約者? そんなの幼馴染の俺が知らないのはおかしいだろ」
「ふ。俺も君みたいな幼馴染がいるとはわかばから聞いたことないけどな」
挑発するように彼は柾を小馬鹿に笑う。
柾もピリピリと今にも殴りかかりそうで怖い。
駄目だ。
調律師さんは風邪気味だって言ってた。
柾に殴られたら、悪化してしまうかもしれない。