この恋は、風邪みたいなものでして。

「大丈夫?」

真っ青な私に菊池さんが声をかけてくれるけど、なんとかへらりと笑う。

会場からはまだ茜さんが睨んでいる気がして、顔を向けられない。

「ここは私だけで良いから、厨房の中、手伝ってきてあげて」
「菊池さん」
「乾杯でシャンパンまた配るからそれまでに回復してね」
ちゃんと切り替えるタイミングまで教えてくれるその優しさに胸が熱くなる。

人に敵意を向けられると、足が竦んでしまう。
しっかりしないと。
でも、颯真さんのことを何で知ってたんだろう。
調律師だからピアニストと接触することがあるかもしれないけど――。

「わかば」

エレベーターを横切り、従業員ルームへ向かおうとしていたら、名前を呼ばれた。
エレベーターから出てきたのは、眼鏡をかけた颯真さんだった。

昨日と少し雰囲気が違う。
ワックスで流した髪に、スタイルの良さが引き立つ黒のスーツ。
そして銀のフレームの眼鏡。

「え、なんで颯真さんが」
「授賞式で会おうって言ったろ」

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