この恋は、風邪みたいなものでして。
「俺は挨拶はしないって何度も断ったのに勝手にプログラムに俺の挨拶が入ってるとか」
「あのね、受賞した君が挨拶しないなんてありえません!」
「はあ。目立つのは好きではないんだけどなあ」
「……颯真さん?」
二人の会話に固まる。
ドジだのノロいだの頭の回転が遅いだの言われてる私でも、二人の話で全てが理解出来た。
「その困惑した顔も可愛いけど、忘れた君が悪いから教えてあげないよ」
「ど、どういうことですか。本当は調律師ではなくて、こんな有名な賞をとるような小説家さんなんですよね!?」
「さあ。両方、趣味のようなものだよ」
あっけらかんと答えると、おじさんに背中を押されて強制的にホールへ入って行く。
菊池さんが颯真さんを見て目を輝かせるのが分かる。
やっぱり颯真さんは、菊池さんが見た最上階に泊まる恋愛小説家なんだ。
なんでそれを私に隠してたの?
忘れた私が悪いって、何を私が忘れてるんだろう。
「わかば!」
「ひっ」
ぼーっとしていた私に、颯真さんは振り返って声をかけてきた。
「俺にシャンパン宜しく」
「は、はい!」
名前を呼ばれて、他の従業員から注目を浴びてしまって恥ずかしい。
逃げるように裏でシャンパンをグラスに注ぐと中へ颯真さんを探す。