この恋は、風邪みたいなものでして。

「颯真!」

そんな中、彼の本名を平然と呼ぶと、皆が彼女を通す為に道を開けた。
私の時と差は歴然だ。


「今日は宜しく。湯江野さん」

彼がわざとらしく名字で呼ぶと、彼女はサングラスを外して微笑み、彼の肩に手を置く。

「いつも通り、茜って呼んでいいのに」

いつも通り。
その言葉に甘い含みを感じて、心がざわつく。

「ねえ、私、まだシャンパン貰ってないけど」
「はい。すぐに」

今の私は、彼女の召使がぴったりだ。
彼の横で微笑む彼女は本当に絵になる。
並ぶ二人はお似合いなのに、私の心はざわざわと不安で揺れている。

混雑する人混みの中、シャンパンを渡しながら進むと、いつの間にか彼と茜さんは人の輪から離れ二人っきりで会話している。
『処方箋』
彼女を思って書かれた作品なのだとしたら、ただ暫く婚約者のふりをしているだけの私は読めそうにない。
きっと悲しくなってしまうだろう。

二人の元へ歩いて行く足取りが重たくなっていく。
一歩一歩、歩くのを拒否している。

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