この恋は、風邪みたいなものでして。
情けないぐらい声が裏返ったけど、もう止まらなかった。
「嘘」
「そうだ。俺が彼女にプロポーズしたんだ。だから、もうこれ以上押しかけて来るのは止めて貰おうか」
「颯真……」
茜さんの顔が、今まで見たことがないぐらい暗く曇った。
「それで、公私も分けずに弾かないと言うのであれば、プロとして幻滅するがどうするのか?」
颯真さんの声が、今までにないぐらい低く冷たい。
「せめてプロとしては、君を尊敬していたい」
「…わかったわよ。でも、本当に女のセンス悪いから!」
捨て台詞とともに踵を返すと、茜さんはちやほやしてくれそうな輪の中へ飛び込み笑顔を振りまいている。
彼女が漸く視界から消えると、踏ん張っていた足がふらふら揺れた。
「ごめん、心の準備もないのに急に此処で言わせてしまって」
ふらついた私の腰を、颯真さんが支えてくれた。
「い、いえ、昨日は颯真さんだって心の準備もなかったのに助けてくれたので」
「貴方達、本当に婚約したの? 昨日再会したはずよね?」
店長の疑わしい目に、再び動悸が早くなる。
けれど、颯真さんはどこ吹く風のように爽やかに笑うだけだ。