この恋は、風邪みたいなものでして。
そこに凛として起っていた彼女に、スポットライトが当たると、深々とお辞儀をし、椅子に座る。
どうやら茜さんが、颯真さんへのお祝いにピアノを弾くらしい。
白いピアノに赤いドレスは良く映えて、綺麗な薔薇にようだった。
滑らかで、綺麗な音。
表現もダイナミックで、それでいて甘い音色。
素人に毛が生えた程度の私にさえ分かる美しさ。
「素敵です」
「そう? 俺はもっと聴いていたい音色を知っているよ」
「彼女よりですか?」
お茶を一気飲みし氷が音を立てる。
長い指先で空になったグラスを回しながら、彼は頷く。
「どんなプロでも、あの日に聴いた音色を超えることはできないかな」
「そうなんですね」
颯真さんみたいに一流の方の回りには、茜さんみたいに一流の人が居るってことなのかな。
益々、ただのウエイトレスである私は彼の隣に居るのが怖くなってきた。
「あの、仕事に戻ります」
空になったグラスをお盆に乗せ、立ち去ろうとしたら、グラスを奪われた。
「何時に仕事が終わる?」
「あ、今日はちょっといつもより遅くて」