この恋は、風邪みたいなものでして。
「タクシーが来てるからそこまで送るよ」
「す、すいません」
「どうして急に走ろうとしたの?」
不思議そうに首を傾げられ恥ずかしくなって俯く。
「ね、猫の声が聞こえた気がして。もしホテルに入っていたら大変だなって」
「猫、ねえ。仕事熱心だね」
よしよしと頭を撫でられて、完全に今の私は茹でタコみたいになっていたに違いない。
「ほ、本当に聞こえたんです。酔ってませんからね」
「何も言ってないよ。それに君が嘘を付かないことぐらい知ってる」
「っ直ぐそんな事を言う」
受け止めてくれる口調は何だか安心できると言うか、保護者みたい。
「お兄ちゃんみたいですよね、颯真さんって」
咄嗟に出た言葉が、あまりに婚約者とはかけ離れた言葉で自分も驚く。
本当に酔っているのかもしれない。
そんな私に、颯真さんが大袈裟に溜息を吐くと、密着するように腰を引き寄せてきた。
「お兄ちゃんだって――二度と言わせないように部屋に連れ込むよ?」
きゃー。
顔が近い。
甘い声に、柑橘系の香水が鼻を掠めていく。