この恋は、風邪みたいなものでして。
へへっと力なく笑うと、その人も困ったようにピアノの方を向いた。
「では、少し離れて座って見て貰っていても良いかな。後で一曲弾いて確認して貰いたいし。君がそれでいいならば、だが」
歯切れが悪い回答だったが、それでいいと素直に思えた。
少し椅子を離して座ると、お盆を膝に乗せた。
「今日はおじいちゃん調律師さんじゃないんですね」
「ああ。最近、先生は腰が痛いらしくてね。身長も縮んだから調律も大変なんだ」
そう言うと、腕まくりをする。
背筋がよく、確かに彼はすらりと背が高い。
マスクとサングラスを外せば、格好良いんじゃないかな。
「そうなんですね。心配ですね」
「心配だが、俺はこのピアノの調律をしたかったから、運命を感じている」
運命を――。
そう言われると、私もつい素直に言葉が零れてしまう。
「私もです。このピアノが、『シャングリラ』から撤去されるって聞いた時に悲しかったんです。でも此処で引き取って貰えるって聞いて、絶対に此処に就職しようって決めてたんですよ」