この恋は、風邪みたいなものでして。
「そうやって頭から圧しつけられてる感じが、柾は怖かった」
「だから恋愛対象にはならなかったわけか」
「……逆に柾が私を好きだなんて今でも信じられない」
私が少女漫画できゃーきゃー言ってるのも馬鹿にしてたし、モテてたくせに。
「俺のこの10年は何だったのか分からなくなるから、もう傷口を抉らないでくれ」
ふらふらと溜息を履いてやはり肩を並べて店を出る。
ちらりと見上げた柾の顔は、いつも通り怒ったような鋭い目つきだったけれど、元気がないと言えばそんな気がする。
「っつ」
何か声をかけるべきなのかもしれない。
でも今さら何を伝えるべきなのかな。
本当は、子供の頃のピアノの発表会で髪を滅茶苦茶にされた時から嫌いだったと白状する?
余計に傷つけるだけだ。
じゃあ、せめて彼が嘘付きだと罵られないように、一昨日の婚約者と言ってくれたことは嘘だって伝えようか。
「柾、あのね」
立ち止まって、買った本を両手で強く握り締めながら緊張で声が震えた。
「あのね、彼、本当は――」
「何してるんですか」
勇気を持って顔を上げたと同時に、柾の向こう側にはスーツ姿の颯真さんが立っているのが見えた。