櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
生まれた赤子は《異形》だった
人狼は初め、みな獣の姿で生まれる。
獣の方が少ないエネルギーで、安定して姿形を保てるからである。
普通なら闇に紛れやすい黒や茶色の毛並みに包まれてくるはずだった赤子
しかしその姿は、赤毛にも似たとても明るい茶色で、毛の細部が岩の様に固く鋭く尖っていたのだ。
ナイフのようなその毛並みは、生まれてくる時に母親の腹を切り裂き、辺りを血の海へと変えた。
生みの親を殺し、冷たくなった身体から生まれた新たな命は、仲間に受け入れられなかった。
生まれてすぐの、まだ目も開いていない、へその緒も切れていない小さな小さな赤子は、誰の手も伸ばされぬまま放置された。
殺すことはせずに、進む時に身を任せ命を落とせばいいと。
それが人狼たちの決めた、幼子の最後。
だが、人狼の人並み外れた生命力ゆえか
はたまた彼らとは異なる命の源を持っていたからか
それとも、神の導きか、運命の悪戯か
何かは分からない
もしかしたそれは、命を賭して我が子を産んだ母の願いだったのかもしれない
小さな彼は『生きた』
名も無き彼が初めて目にしたのは、乾いて黒く変色した血の塊
母親の身体はなかった。
仲間たちが埋葬したのだろう。
鉄の香りが充満するそこで、彼は空を見上げる。
息をするのがやっとで、立ち上がることも困難なヒョロヒョロの身体。
何も分からぬ、何も知らぬ
そんなたった一人の世界で、彼がその空で目にしたのは
数億のキラキラとした星の粒だった
その時の彼はその名を知らない。
ただただ美しく眩いそれを、彼はいつまでも見つめ続ける。
月のない、新月の夜だった。